令和5年度第2回オンライン道徳科学研究フォーラム 『道徳科学の論文』を現代的視点からとらえる(1)人間・生命・精神の進化を開催(11/18)

 令和5年11月18日、今年度の第2回オンライン道徳科学研究フォーラムを開催しました。今回は『道徳科学の論文』を現代的視点からとらえる(1)を題とし、『道徳科学の論文』(以下、『論文』と略す)の基礎論である人間・生命・精神の進化といった論点に焦点を当てました。全国から約85名が参加されました(所員含む)。
 今回は、道徳科学研究所(以下:道科研)から、大野正英研究主幹・教授、立木教夫客員教授、小山高正客員教授(発表順)がそれぞれのテーマについて発表しました。
 はじめに、道科研所長犬飼孝夫教授が開会の挨拶において、道科研では、廣池千九郎が後世に託された34項目の研究課題について、これまでに、道科研および内外の学界においてどのような研究がなされてきたのかを整理し、それらの研究課題について、いかなる課題が残されているのかの検討に取り組みつつあること、そして、本日のフォーラムでは、廣池がどのような意図でこれらの研究課題を後世に託したのか明らかにするため、また、現代科学の見地から再探究することによって、モラロジーの深化発展と、現代的展開を推進するための試みが報告されると述べました。

 

大野正英 《研究主幹・教授》

 大野教授・研究主幹は「モラロジーにおける自然科学研究の意味とこれからの課題」と題して発表しました。その要旨は、以下の通りです。廣池千九郎は、道徳実行の重要性を人々に理解してもらい、実践を促すという目的の下で、道徳についての科学的研究に取り組みました。その中でも道徳に対する自然科学からのアプローチはユニークな視点であり、その当時における先端的な研究成果を取り入れています。主な研究領域には遺伝学や心身連関などがあり、一部はその後の研究により否定されたり、大きく修正されたりしたものもありますが、全体として、道徳の自然科学的根拠を求めるという方向性は正しかったと考えられ、現代ではこの領域での研究も進められています。
 廣池は宇宙自然の法則の存在を前提として、人間を生物としてそれに従うと同時に、自由意思を持って主体的にそれに対応していくという両方の側面を持つものとして捉えています。その上で、道徳の実行、具体的には精神作用と行為を通じて自己の品性を向上・完成させ、その結果として安心・平和・幸福を実現するという道徳的因果律の理論を展開しています。この理論体系の中で、心身連関の研究は精神のあり方が当人の健康や長寿に与える影響としての個人一代における効果、遺伝研究は親における道徳実行の成果が生物的に子どもに与える影響という累代的な効果に関連する研究として、特に重点を置かれています。個人の道徳的努力が本人自身にもまた子孫にも良い影響を与えるということを、社会的レベルだけでなく、自然的・生物的なレベルにおいても論証することが廣池の自然科学的研究のねらいであったと理解できると述べました。

 

立木教夫 《客員教授》

 立木教夫客員教授は「廣池千九郎の遺伝学研究の特色」と題して発表しました。その要旨は、以下の通りです。廣池千九郎は、『道徳科学の論文』(以下、『論文』と略す)の基礎論を構築する上で、生物学、進化論、遺伝学、心理学、生理学、脳科学等々の自然諸科学を取り入れました。今発表では、廣池の「遺伝」の研究、特に、「獲得形質の遺伝」の研究を取り上げ、はじめに、『論文』第三章で体系的に論じられた廣池の遺伝の議論の目的、立論の構造と特色、結論を明らかにしたうえで、廣池の獲得形質の遺伝に関する結論を示しました。廣池は、獲得形質の遺伝に関して、有機遺伝と社会遺伝の二つの経路を認め、前者に関しては、伝達され得ても極めて稀だが、ホーンやヴントが述べたように、「もし両親の神経系統をアンダーマイン(undermine 侵害)するに至れる場合にはそれが遺伝する」(『新版 論文 1』223頁)とし、後者に関しては、「直接に肉体に関係せず社会的に伝染して文明の制度及び施設が伝達されていく一種の遺伝がある」(『新版 論文 1』229頁)と捉えていました。
 次に、『論文』初版出版年(昭和3年)当時の遺伝学の状況の中に廣池の議論を位置づけるために、遺伝学の歴史と、廣池にとって利用可能であった遺伝学の知識とを確認したうえで(この部分は時間の関係で資料配布にとどめた)、獲得形質の遺伝に関連する、ラマルク進化論、生殖質遺伝説、エピジェネティクスの論点を示しました。
 最後に、廣池の「獲得形質の遺伝」に関する結論を、現代遺伝学の二つの知見―エピジェネティクスと遺伝子-文化共進化―から検討し、廣池の結論は誤りではなかったということを示すとともに、『論文』基礎論をめぐる今後の研究の方向性を示唆しました。

 

小山高正 《客員教授》

 小山高正客員教授は「廣池千九郎が重視した「精神作用」とは何か」と題して発表しました。その要旨は、以下の通りです。『論文』の中で、廣池千九郎が繰り返して使用する「精神作用」が意味するところを、第4章を中心に考察しました。廣池は広い意味で「精神作用」を用いていますが、「知覚・認識・感情及び意志のごときのもの[機能]」(⑨36)という認識は現代の心理学に沿っています。4章は、心理学史、適応過程(心の進化)、心身(脳)問題、心身相互作用、精神作用の物質支配、そして結論(自己の運命は心一つで決まる)という内容になっていて、心脳問題、そして4章の半分以上の頁数が割かれている心身相互作用、さらにその精神作用の主要要素である感情という3つのテーマから議論しました。心脳問題について廣池は、唯物論も唯心論も斥け、精神物理的並行説を採用しつつも、満足はしていませんでした。その意味では、心を脳活動で創発された情報機能と見るのが廣池の意に沿うのではないかという案を紹介しました。廣池が扱った心身相互作用は、1960~70年代に精神身体医学(心療内科学)という形で実現しましたが、現在は免疫学の知見に裏づけられた精神神経免疫学に発展しています。心身相互作用で扱われる精神作用は、感情と関わりが深く、廣池はその感情が果たす役割に注目しました。最近の感情機能研究からも、ポジティブ感情の健康や寿命への影響がわかってきました。そのことから、幸福学やウェルビーイング研究の重要性が今後さらに注目されることになるでしょう。

 

質疑・懇談

 その後、発表者の間、また参加者からのチャットによる質問にこたえる形で質疑懇談を行い、発表内容の解釈を加え、理解を深めました。

 今回のフォーラムは、廣池が、どのような意図でこれらの研究課題を後世に託したのかを明らかにするため、『論文』の「第三緒言 」の「第2条、将来モラロジー研 究所において引き続き研究を必要とする諸項目 の大要」で提示された、34項目の研究課題に関連するものを紐づけ、研究課題の本質を考察し、その経緯と現状を探ること、また、現代科学の見地から再探究することの意味を再確認できたことは、道科研の今後の研究活動のあり方を考える上で、とても重要だと感じました。

 

(文責:オンライン道徳科学研究フォーラム委員会 アブドゥラシィティ アブドゥラティフ)