令和7年度オンライン道徳科学研究フォーラム① 現代社会問題に対するモラロジーのアプローチⅣを開催
令和7年10月11日、令和7年度のオンライン道徳科学研究フォーラム①を開催しました。今回のフォーラムは、「現代社会問題に対するモラロジーのアプローチⅣ」として、現代社会が直面している3つの具体的課題を取り上げました。全国からオンデマンドを含めて約50名が参加しました。
道徳科学研究所が取り組んでいるこの共同研究の代表である中山理道科研客員教授・生涯学習副本部長は開会挨拶において、現代社会が抱える問題に対してモラロジーの視点から考察するこのフォーラムは、今回で4回目になる。これまでに行った発表の報告はブックレットとして道科研から発行されているのでお役立ていただきたい、今日も皆さんから忌憚のない意見をお聞かせいただきたい、と述べた上で、3名の発表の概略を紹介しました。各発表者のテーマと内容は以下の通りです。
犬飼孝夫《道科研所長・教授》「「人さまに迷惑をかけてはいけない」社会を見直す」
この発表は、現代のわが国における「生きづらさ」を見直し、「助けを求められる社会」への転換を提言したものです。「生きづらさ」の背景には、「人様に迷惑をかけてはいけない」という規範の存在があります。
この規範は、自律的・自立的な人間観を奨励してきたものであり、新自由主義とともに広まった「自己責任論」によってさらに強固なものになりました。自己責任論は「強い責任」を負う「自律的で強い人間観」を前提としています。
今日、人間は誰しも弱さを抱え、一人では生きられない存在であるという「弱さを認める人間観」への転換が必要です。この人間観では、他者の助けを得ながら責任を果たす「弱い責任」が提唱されます。また、「愛着の問題」による自己否定的・自責思考も、他者に助けを求められない心理的要因となっています。
自立とは依存を排除することではなく、必要な依存を受け入れ、上手に人に助けてもらう能力、すなわち「受援力」を高めることです。他者に助けを求めやすくするためには、社会保障の整備に加え、困っている人への「共感的関心」を高めることが大切です。他者の困難を「因果応報」的にとらえる文化的傾向を見直し、「助けて!」と言える雰囲気づくりと、苦悩する人に寄り添う「共苦共歓」の姿勢を社会全体で持つことが求められています。

水野次郎《学校教育センター副センター長》「幼児教材開発に見るモラロジーの普遍性―私の体験的道徳論」
1988年に創刊した幼児雑誌<こどもちゃれんじ>をモチーフとして、モラロジーの品性資本である「つくる・つながる・もちこたえる」という考え方が、いかに普遍的であるかを述べました。
序盤では、少子化と教育の変化を背景に、子どもの情操や感情理解を育む重要性を提示し、ダニエル・ゴールマンの『EQ こころの知能指数』(1995)を例示しつつ、子どもの非認知能力を育てることに腐心した編集経験を紹介しました。
後半ではアーロン・ベックやデビッド・バーンズらが提唱した「認知のゆがみ(心のクセ)」を10項目に整理し、極端な思考や過度な一般化は、不安を増長して心の問題に繋がっていることを提示しました。そして、認知のゆがみは誰にでもあるが、何事も極端に決めつけることなく、柔らかく他者と向き合っていくことが重要であること。そうした態度によって心が軽くなり、安心・安全な人間関係が築かれていくのではないか、ということについて触れました。
最後に補足として、当財団が来年100周年を迎えるのを機に、学校教育センターによる教育者支援の新構想として道徳交流サイト「ティーチャーズ・ホーム」の開設などの記念事業について紹介しました。学校教育支援センターとしては「徳を尊ぶこと、学・知・金・権より大なり」という創立者の格言をもとに、今後とも道徳性を基軸とした教育再生に貢献していきたいと考えています。

中山 理《生涯学習副本部長・道科研客員教授》グローカリズムとモラロジー―ラフカディオ・ハーン・廣池千九郎・戦後教育のインバランス―
この発表は(1)「グローカリズムの勧め」、(2)「昭和天皇とグローカリズムを活かす3人の賢人」、(3)「モラロジーはグローカリズムのロールモデル」の三部から構成されています。
まず(1)では、グローバリズムを①均質化論と②多様化論の視点から眺め、その課題を指摘するとともに、グローカリズムを推進する意義を指摘しました。
(2)では、昭和天皇との関係でグローカリズムを活かす3人の賢人と題して、①戦争責任問題で天皇の免責に大きな影響を与えたボナー・フェラーズ陸軍准将、②知日派フェラーズが精通していたラフカディオ・ハーン、③ハーンと廣池をつなぐ一冊の研究書としてフュステル・ド・クーランジュ著の『古代都市』を取りあげました。これは穂積陳重の愛読書でもあり、『道徳科学の論文』でも数カ所で言及されています。
(3)では、天照大神の道徳系統や日本の神話などが廣池の時代では世間一般の常識であったのに、現代ではあまり知られていない現状を指摘し、「知の考古学」が必要だと述べました。大神の「天の岩屋戸隠れ」物語で等閑視されがちな祭主の天児屋根命による祝詞奏上の道徳的重要性(『道徳科学の論文』⑥309)を説明しながら、ローカルな日本神話でもグローバルな道徳的価値に劣らない精神性が認められると指摘しました。えてしてグローバリズムだけが重要視される傾向にある現代にあって、モラロジーはグローカリズムのロールモデルとなるでしょう。

3名の発表を踏まえた全体討論では、以下のような意見が交わされました。
- 子どもの自立と依存の問題については、幼少期に十分に甘え、愛情を受ける経験が、その後の人生を支えるエネルギーにつながるのではないかという指摘がありました。
- 道徳教育における愛着の問題では、幼児期における母子の密接な関係が「愛着の重要性」として肯定される一方で、思春期以降にその密着から抜け出せずにいることが「自立の困難さ」として課題となり、両者の調和が重要であるとの意見が出されました。またSNSなどへの依存も現代的な課題として見過ごせないとの指摘がありました。
- グローバリズムとナショナリズムのバランスについては、行き過ぎたグローバリズムには問題があるものの、その反動として極端なナショナリズムに傾くこともまた問題であり、両者のバランスが求められるとの見解が示されました。
- 日本文化の伝統には、グローバリズムを乗り越える可能性があるとの意見もあり、過去に欧米でジャポニズムが影響を与えた事例などがその根拠として挙げられました。
- 天皇を中心とする日本の伝統や文化は、平和を尊重する精神として理解することが重要であり、そのような理解を通じて、グローバルでありながらローカルでもある「グローカル」な精神として、世界に貢献できるのではないかという提言もありました。
討論を締めくくるにあたり、コーディネータの楠伸次氏は、「この共同研究は、中山代表を中心に、発表者が6月から4回にわたる打ち合わせと議論を重ねて準備を進めてきました。今後も、現代社会が直面する課題に対する考察や提言が継続されることを期待しています。」と述べました。

今年度第2回のオンライン道徳科学研究フォーラム②は令和7年11月29日(土)に開催予定です。
(文責:オンライン道徳科学研究フォーラム委員会・宗 中正)