髙橋史朗149 – こども大綱とPISA調査が浮き彫りにした「親育ち支援」の重要性

髙橋史朗

モラロジー道徳教育財団道徳科学研究所 教授

麗澤大学 特別教授

 

 こども大綱は「こどもまんなか社会」を実現するための重要事項をライフステージ別に提示し、昨年12月22日に「幼児期までのこどもの育ちに係る基本的なビジョン(はじめの100か月の育ちビジョン)」を閣議決定した。

 

 

●「はじめの100か月の育ちビジョン」

 「はじめの100か月」とは、本ビジョンを全ての人と共有するためのキ―ワードとして、母親の妊娠期から幼保小接続の重要な時期(いわゆる5歳児~小1)までがおおむね94~106か月であり、これらの重要な時期に着目した。

 本ビジョンを策定し全ての人と共有する意義については、幼児期までこそ、生涯にわたるウェルビーイング(身体的・精神的・社会的に幸せな状態)の向上にとって最重要であるとして、「誰一人取り残さない」ひとしい育ちの保障に向けては課題があり、誕生・就園・就学の前後や、家庭・園・関係機関・地域などの環境間に切れ目が多く、社会全体の認識共有と関連施策の強力な推進のための羅針盤が必要、としている。

 本ビジョンの目的は、全ての子供の誕生前から幼児期までの「はじめの100か月」から生涯にわたるウェルビーイングの向上にあり、こども基本法の理念にのっとって整理した以下の5つのビジョンには、次のような注目すべき内容が含まれている。

 

⑴ こどもの権利と尊厳を守る
 ⇒こども基本法にのっとり育ちの質を保障
  *乳幼児は生まれながらにして権利の主体
  *生命や生活を保障すること
  *乳幼児の思いや願いの尊重
⑵ 「安心と挑戦の循環」を通して、こどものウェルビーイングを高める
 ⇒乳幼児の育ちには「アタッチメント(愛着)」の形成と豊かな「遊びと
  体験」が不可欠
 ⇒「アタッチメント(愛着)」<安心>
  *不安な時などに身近なおとなが寄り添うことや、安心感をもたらす経
   験の繰り返しにより、安心の土台を獲得
⑶ 「こども誕生前」から切れ目なく育ちを支える
  *誕生の準備期から支える
  *学童期から乳幼児と関わる機会
⑷ 保護者・養育者のウェルビーイングと成長の支援・応援をする
 ⇒こどもに最も近い存在をきめ細かに支援
  *支援・応援を受けることを当たり前に
  *全ての保護者・養育者とつながること
  *性別にかかわらず保護者・養育者が共育ち
⑸ こどもの育ちを支える環境や社会の厚みを増す
 ⇒社会の情勢変化を踏まえ、こどもの育ちを支える工夫が必要

 

 

●「愛着」が「安心」の土台

 私が特に注目したのは太字部分であるが、最も気になったのは、母親の妊娠期から小1までの「はじめの100か月」が生涯にわたるウェルビーイングの向上にとって最重要、と明記し、「不安な時などに身近なおとなが寄り添うことや、安心感をもたらす」「アタッチメント(愛着)」の繰り返しにより、安心の土台を獲得」と明記しているにもかかわらず、子供に安心感をもたらす『愛着」の要が母親であることに一言も言及していないことである。

 子育ては母親のみならず父親や養育者、地域ぐるみで「共同養育」していく必要があるが、「母親の妊娠期から」「こどもの誕生前」「誕生の準備期から支える」ためには、母親のウェルビーイングと成長の支援が『愛着』の基本となることは自明のことであろう。

 「性別にかかわらず」と敢えて明記し、「保護者・養育者」の多様性への配慮がうかがわれるが、ユネスコ元事務局長顧問の服部英二麗澤大学名誉教授が指摘されているように、横軸の多様性に通底する縦軸の共通性にも注目し、多様性と共通性のバランスを取る必要がある。

 

 

●「母親がいい!」が「乳幼児の思いや願いの尊重」

 かつて議員会館で開催した親学推進議員連盟の勉強会で、安倍晋三会長をはじめとする数十名の国会議員に対して、埼玉県のある保育園長が「皆さん、待機児童なんていません。待機親がいるだけです」と訴えたが、「乳幼児は生まれながらにして権利の主体」であるならば、「母親がいい!」という乳幼児の思いや願い、意見を尊重する必要があるのではないか。

 国連の児童の権利条約における権利の内容を大別すると、生存、発達、保護、参加の諸権利に分類できる。同条約では「保護を受ける権利」という言い方で、保護を受けることも権利の一部であると捉えており、同条約の前文には、「児童は、身体的及び精神的に未熟であるから、適当な法律上の保護を含む特別の保護及びケアが必要である」という基本的趣旨が明記されている。

 

 

●「保護を受ける権利」と「子供の権利」の関係

 従って、児童が同条約に規定されている権利の主体であることは当然であるが、あくまでも児童は十分な保護や愛着を受けるべき対象であることを前提に、権利保障をするというのが同法の趣旨である。ヘルムス米上院外交委員長は「同条約は自然法上の家族の権利を侵害する」として批准に反対し、親の権威や家族の統合を破壊するという理由で、アメリカは未だに同条約の締約国ではない。

 また、当時の西ドイツ政府は同条約の「批准議定書」に「子供を成人と同等の地位に置こうというものではない」と明記し、子供の権利の概念を「保護を受ける法的地位」に限定した「解釈宣言」と細かな「覚書」を付して、子供の「自律権(オートノミー)による保護の解体」に歯止めをかけた。

 

 

●家庭・家族の役割を重視する国際的法律文書

 我が国の未成年者保護法の権威である森田明東洋大学名誉教授は、同権利条約の批准によって「保護の理念、家族の理念が腐敗する危険が出てきた。権利が栄えて人間関係が衰弱するという危険がある」「法と権利は、人間関係を強制力によって破壊することはできる。しかし、法は人間関係を形成することはできない」と警告した(森田明・石川稔『児童の権利条約一その内容・課題と対応』一粒社、髙橋史朗『児童の権利条約』至文堂、参照)。

 国際的法律文書は、家族が教育において演じる役割の重要性を強調しており、世界人権宣言は「家庭は、社会の自然且つ基礎的な集団単位」と定め、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約も、「保護及び援助が、家族の形成のために与えられるべき」と明記している。

 

 

●他律から自律、自律から自立へ向かう発達段階

 スイスの心理学者のピアジェは、「子供の精神的機能の全面的発達と道徳的価値の獲得を保証してやること」が子供の権利を肯定することであり、他律的段階から中間的段階、自律的段階へと進む発達段階に適合する形で教育的配慮を加え、適当な指示及び指導を与えることが重要であると力説している。幼児期までの「はじめの100か月の育ち」は、他律的段階から中間的段階へと進む時期であるから、家庭における愛着と躾が必要不可欠であり、発達段階に応じた「意見表明の権利」を児童の権利条約は認めている点を見落としてはならない。

 「こども大綱」における「こども施策に関する基本的な方針」には、「自立した個人として自己を確立していく意見表明・参画と自己選択・自己決定・自己実現」の「自由」を有した「権利主体」であることが強調されているが、福沢諭吉は『学問のすゝめ』で、“Right”を「権利」と訳すと「必ず未来に禍根を残す」と警告し、「権理」と訳し、「自由独立」を力説し、独立心に基づく自由の重み、重い責任を説いた。

 こうした視点から、他律から自律、自律から自立へと向かう発達段階と、とりわけ「性別」などの自己決定の権利との関係に関する見解を文科省とこども家庭庁に質問したが、回答は得られなかった。「こども庁」から「こども家庭庁」になった背景には、他律から自律へと導く保護者や家庭の役割が重要であるという共通認識があったが、今日のこども家庭庁の論議には、以上指摘してきたような視点が欠落している。

 

 

●「親になるための学び」が必要不可欠

 こども施策に関する「ライフステージ別の重要事項」には、「結婚を希望する方への支援」が明記されているが、「結婚や恋愛はめんどくさい」と答える若者が4割を超えている現実を踏まえて、結婚に夢や希望がもてるような「親になるための学び」に力を入れる必要があろう。

 

 

●PISA2022調査結果で分かったこと

 ところで、OECD(経済協力開発機構)が3年ごとに81カ国を対象に実施している、生徒の学習到達度に関するPISA2022調査結果が発表されたが、日本は数学的リテラシーと科学的リテラシーは1位、読解力は2位と世界のトップレベルであることが分かった。日本は3分野すべてにおいて前回調査より平均得点が上昇している。

 今回の結果には、新型コロナウイルス感染症のために休校した期間が他国に比べて短かったことが影響した可能性があることが、OECDから指摘されている。また、学校現場において現行の学習指導要領を踏まえた授業改善が進んだことや学校におけるICT環境の整備が進み、生徒が学校でのICT機器の使用に慣れたことなどの要因が複合的に影響していると考えられる。

 変化の特徴は、①上位層が伸びた数学、⑵下位層が減った読解力、③上位層も増え、下位層も減った科学、に集約できる。成長意欲、学校への所属感も日本は良好であり、2018年から2022年にかけて教育におけるウェルビーイング(学校への所属感)は悪化したが、日本は所属感が最も向上した。

 具体的には、①「学校の一員だと感じている」は、19.9%から27.7%、②「他の生徒たちは私をよく思ってくれている」は、10.7%から18.4%、③「学校ではすぐに友達ができる」は、22%から28.1%へとupしているが、④「学校は気後れがして居心地が悪い」は30.9%から37.7%、⑤「学校ではよそ者(またはのけ者にされている)と感じる」もupしている。

 

 

●衝撃的な非公開資料――最大の問題は親子関係(家族からの支援)

 同調査によれば、生徒のウェルビーイングにとって重要なのは、第一に保護者との関係、第二に学校生活、第三に健康である(別紙資料)が、「学校が再び休校になった場合に、自律学習を行う自信があるか」という質問に「自信がない」と答えた生徒が日本は世界最低で、「自律学習と自己効力感」指標も34位と低かった。

 文部科学省・国立教育政策研究所が公開していない最重要資料(OECDは公開)がある(別紙参照)。それは「家族からのサポート」に対する生徒の評価が世界最低であり、しかも断トツに低いことである。「生徒の成長について進んで話す親」も73位と下から9番目の低さである。

 OECDのPISA2022の調査結果で明らかになった日本の最大の問題は、親子関係にあり、保護者の子供との関係、寄り添い・支援が大きな課題であることが浮き彫りになった。また、生徒の自律的学習に課題があり、生徒の学力は高いが「不安感、自己肯定感」などの課題があることが判明した。

 OECDの「子供のウェルビーイング・ダッシュボードにおける日本の子供たちの状況」(別紙参照)によれば、①「困難に直面した時、たいてい解決策を見つけることができる」自己有用感がある子供、②「自分の人生には明確な意義や目的がある」と感じている子供、③全体として人生に満足していると感じている子供の割合は最低である。

 10年間で不登校児童生徒が急増し、2022年度の小学校では105112人、中学校では193936人に及んでいる背景には、こうした課題があることを明確にしなければならない。

 教育基本法第10条には「父母その他の保護者は、子の教育について第一義的責任を有」し、基本的生活習慣、自立心を育成し、「心身の調和のとれた発達を図るよう努めるものとする」と明記されている。同調査はこの教育基本法第10条こそが我が国の最大の課題であることを浮き彫りにしたといえる。「価値観の強制」ではなく、子供の「発達を保障」するという視点に立って、「親としての学び」「親になるための学び」に取り組む必要がある。

 

(令和6年3月7日)

 

※髙橋史朗教授の「note
https://note.com/takahashi_shiro1/ 

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