中山 理 – 世界一の国「日本」であるために ──ジャパン アズ ナンバーワン

中山 理

麗澤大学特別教授・前学長

モラロジー道徳教育財団 特任教授

フィリピン、パーペチュアル・ヘルプ大学院名誉教授

 

 

●経済大国日本の没落

 皆さんは社会学者のエズラ・F・ヴォーゲルが1979年に上梓した『ジャパン アズ ナンバーワン──アメリカへの教訓』というベストセラーをご存知ですか。この本では、なぜ戦後の日本が高度経済成長を遂げることができたのかという要因が分析され、日本的経営が高く評価されています。

 また、この本の題名に「アメリカへの教訓」という副題がついているように、アメリカの人々に日本の美点を教訓とするよう促しているのも、欧米コンプレックスを抱きがちだった当時の日本人読者の自尊心がくすぐられたところです。

 しかし1980年代にナンバーワンだと持ち上げられた日本経済も、1990年代以降になるとバブルが崩壊して低迷期に入ることになります。その後も、日本は情報革命の波に乗れないまま国際的地位の低下に歯止めをかけることができず、他国が目覚ましい発展を遂げる中、それを横目に見ながら足踏みを続けているような感があります。日本はもはやナンバーワンの評価を得ることはできないのでしょうか。

 

 

●世界で評価される日本のパスポート

 残念ながら、日本経済がナンバーワンに返り咲くことは難しいかもしれませんが、この低迷したかに見える現在の日本でも、まだ世界のトップだと認められるものがあることに、今回は注目したいと思います。

 その一つが、世界で評価されている日本のパスポートです。イギリスのコンサルティング会社ヘンリー&パートナーズが発表している「ヘンリー・パスポート・インデックス」によると、平成30(2018)年から5年にわたり、パスポートランキングでトップの座をキープしたのは日本のパスポートだけです(現在は3位)。

 このパスポートがあるおかげで、私たち日本人は時間と労力をかけて事前にビザを取らなくても世界189の国と地域に渡航でき、到着ビザを取得するだけで入国できるのです。ちなみにアメリカは184の国と地域でランクは8位、中国は81の国と地域で64位にとどまっています。

 では、どうして日本のパスポートは5年間もナンバーワンを維持できたのでしょうか。まずは、国内総生産(GDP)が世界3位の経済大国という経済力が考えられます。その理由は、渡航先の国での「強大な消費能力」が期待されるからです。でも、それなら経済大国第1位のアメリカや、爆買いで有名なGDP第2位の中国が、日本より上位に来てしかるべきでしょう。しかし、特に中国が下位の64位にとどまっているという事実は、経済力だけでは海外で大きな信用が得られないことを物語っているのではないでしょうか。

 次に犯罪の少なさです。海外を拠点として広域強盗事件を起こした日本人詐欺集団もいるとはいえ、海外での日本人による犯罪、不法滞在、不法就労はまだまだ少なく、国際的な日本のイメージは良好のようです。その背後には、失業率が低く福祉も充実している日本社会の恩恵や、日本人の相対的なモラル意識の高さがあります。

 このように、パスポートはそれを持つ人が信用できる国の人間であることを示す身元調査書の役割も果たしています。そのような世界に信用される日本社会は一朝一夕で完成するものではなく、今までの先人の道徳的努力のおかげでもあります。ですから、パスポートランキングにかかわらず私たちもその日本の良き伝統を受け継ぎ、築き上げられた日本国の信用を落とさないよう行動したいものです。

 サッカーの日本人サポーターが海外試合の後にスタジアムの掃除をしたり、アメリカの大リーグで大活躍する大谷翔平選手の礼儀正しい姿を見たりすると、日本人としてとても清々しい気持ちになります。改めて日本の優れたマナーを忘れず、日本の良き文化を海外で発信することの大切さを感じます。

 

 

●世界最大の君主国

 もう一つ、日本が世界でナンバーワンだといえるものに「国のあり方」があります。戦前ならこれを表現するのにぴったりの「国体(国柄)」という言葉がありました。しかし、残念なことに、現在では「国体」といっても、「国民体育大会のことですか」という答えしか返ってきません。

 別の言い方をすれば、日本は世界最大の「君主国」だということです。現在、世界には国連加盟国の193カ国中、君主制の国は、日本も含めて28カ国()しかありません。このうち、全世界で人口4000万人を超える君主国を人口の多い順に並べれば、日本(約1億2000万人)、タイ(約7000万人)、イギリス(約6700万人)、スペイン(約4700万人)で、人口の多さでは日本がトップに立ちます(人口は「国連人口基金『世界人口白書2023』より)。

※ イギリス国王が国家元首を兼ねる「英連邦王国」の15カ国を合わせると43カ国

 重要なのは人口の多さだけではありません。日本は、国王チャールズ一世を処刑したことのあるイギリスや君主制が崩壊したことのあるスペインとは違い、歴史上、共和制を一度も経験したことのない世界に冠たる君主大国なのです。1782年、現在まで続くチャクリー王朝が成立したタイは、クーデターによる軍事政権と文民政権を繰り返しています。そのような他国の歴史と比べると、君主国として真の持続可能性を発揮しているのは日本だけなのです。

 世界で「キング(王)」と呼ばれる存在は何人もいますが、「エンペラー(皇帝)」と呼ばれるのは、ただ一人、日本の天皇陛下だけなのもうなずけます。

 

 

●世界最古の皇室

 日本の大学の教室で「初代の天皇は誰ですか」と聞いて、「それは神武天皇です」と即答できる学生はどれだけいるでしょうか。学生が答えられないとき、私は米中央情報局(CIA)の公式ウェブページ「ザ・ワールド・ファクトブック」(The World Factbook)の「日本」の項を英語の勉強も兼ねてチェックするよう促しています。ちなみに、このファクトブックはCIAの年次刊行物で、世界266の国・属領・地域の人口統計、地理、政治、経済、軍事などのさまざまな情報を収載し、アメリカの学生の論文作成にも用いられるそうです。そこで日本がいつ「独立」したかの項を見ますと、「紀元前660年2月11日(神武天皇による神話上の建国の日)」と明記してあります。「神話上の」(mythological)という形容詞がついているものの、「神武天皇による」と、この初代天皇の即位日を元に明治政府が決めた建国の日がきちんと記載してあることが重要です。なぜなら、同じ君主国のイギリスにも、トロイアの子孫ブルータスの建国譚やアーサー王伝説などの神話があるのですが、ファクトブックではイギリスの「公式の国家独立の日はない」とあるからです。ブルータスからアーサー王、その子孫に至るまで何度も家系図が途絶えているイギリスとは異なり、『古事記』や正史の『日本書紀』という立派な文献資料がある日本は、今上陛下から神武天皇まで万世一系の系図をさかのぼることができるのです。だからこそ『ギネスブック』でも「世界で最古の皇(王)室の記録保持者」として第126代天皇である今上陛下のお名前が挙がっているのでしょう。

 今の学校教育では天皇や皇室のことは教えません。しかし、それを知らなければ、世界の中で日本がどういう国かも分からないし、逆にそれを知れば、日本人とは何か、世界とは何かが見えてくるのではないでしょうか。

 

(『れいろう』令和5年9月号より)