髙橋史朗139 -「ウェルビーイング教育研究会」の発足と「note」連載の開始
髙橋史朗
モラロジー道徳教育財団道徳科学研究所 教授
麗澤大学 特別教授
●学祖の「人類の安心・平和・幸福」とウェルビーイング教育研究
日本家庭教育学会と日本道徳教育学会の幹部が世話人となって開催してきた「科学的知見に基づく家庭道徳教育研究会」の研究成果を引き継いで、今年度から新たにモラロジー道徳教育財団道徳科学研究所の共同研究として、「ウェルビーイング教育研究会」を開催し、第1回は田中朋清石清水八幡宮権宮司が麗澤大学で講演した「鎮守の森に内在する普遍的哲学を活用した国際教育改革と平和構築に向けて」の補足説明と質疑応答並びに討論を行った。
同研究会の目的はSDGsからウェルビーイングへの国際動向・国内動向を踏まえ、心理学・幸福学・脳科学等の科学的知見に基づくウェルビーイング理論を整理するとともに、日本人の文化的幸福観を踏まえて、学祖・廣池千九郎(モラロジーの創建者、法学博士〈1866-1938〉)の「人類の安心・平和・幸福」論と関連づけた、道徳教育・家庭教育を中心とした日本発のウェルビーイング教育理論の発信の在り方について研究することにある。
我が国が世界に提唱した日本発のビジョンである「持続可能な開発のための教育(ESD)」は、SDGsの経済の開発、社会の発展、環境の保全の持続可能な開発の土台が教育にあることを明らかにした。
●ユネスコESD国際会議の「ホリスティック・アプローチ」宣言
ユネスコESD(持続可能な開発のための教育)国際会議では、伝統と近代、グローバリズムとナショナリズム、普遍性と特殊性の歴史的対立のディレンマを克服し、二つのベクトルの交錯と接合による和解への未来志向について協議が行われ、経済、社会、環境の3本柱の土台は文化であることが明らかにされた。
また、伝統的な知恵や技能か、近代的な知識や技術化という二律背反の思考にからめとられることなく、伝統と近代の「あいだ」や「かかわり」を丁寧に見ていくことによって、伝統文化と近代技術の融合の象徴として、南太平洋諸島の団扇(うちわ)が紹介された。
そして、同国際会議は「ESDへのホリスティック・アプローチのための宣言」として、次のように指摘した。
<現代社会へ単に適応させるために教育するのではなく、何が子供の全人的な発達のために適しているのかを注意深く考え、学びの環境をデザインしていくこと…社会の開発に適した子供(人材)の育成ではなく、子供の成長に適した社会の開発を求める…文化的多様性を維持することが、ESDにとって力強い基盤となる。…伝統文化を、現代のグローバルな社会の現実を踏まえて創造的(交響的)に継承していくためには、その文化の最善のものと克服すべきものを見極めていく眼を持つことが大切である。…子供たちに伝える前に、大人たちはESD文化を自ら体現して生きなくてはならない。そのような大人の存在そのものが、子供の存在を育てる>
この中で注目されるのは、経済、社会、環境の3本柱の土台は文化であること、伝統と近代という縦軸と横軸の「あいだ」「かかわり」を丁寧に見ていくことによって伝統文化と近代を融合し、伝統文化を創造的(交響的)に継承し、大人がESD文化を体現する、という視点である。
●自民党ウェルビーイング特命委員会に提出した提言
ウェルビーイングをめぐる国内の動向を振り返ると、5年前に自民党「日本ウェルビーイング計画推進プロジェクトチーム」が発足し、3年前に自民党「日本ウェルビーイング計画推進特命委員会」が設置され、「経済財政運営と改革の基本方針2020」に「人々の満足度(ウェルビーイング)を見える化」と明記された。
一昨年の2月に国会で下村博文元文科相が「ウェルビーイング重視の政策形成に舵を切るべきではないか」と提案し、菅首相が「ウェルビーイングの実現と考え方の方向は同じ」と応じる答弁を行った。
同年3月に「科学技術基本計画」にウェルビーイングに関する方針が明記され、4月には「子供・若者育成支援推進大綱」にウェルビーイングの視点が明記された。5月に第4次提言、昨年5月に第5次提言、本年4月に第6次提言案が出され、4月26日の同特命委員会で、私は以下の「第6次提言案に関する意見書」を提出し説明を行った。
⑴ WHO執行理事会がWHO憲章全体の見直し作業の中で、身体的、精神的、社会的側面に加えて、スピリチュアル・ウェルビーイングの定義を追加するよう提案し、スピリチュアリティに含まれる4領域と18下位領域を明確化した。この提案について心理学、幸福学、脳科学等の科学的知見に基づいて議論を深める必要があるのではないか(拙稿「日本発のSDGs・ウェルビーイング教育についての一考察⑴」『歴史認識問題研究』第12号、参照)。
⑵ 日本発のウェルビーイングの考え方を国際発信していくに当たって、中教審答申に「ESDは次期学習指導要領改訂の全体において基盤となる理念である」と明記された点を踏まえて、ESDは2002年の「持続可能な開発に関する世界首脳会議」で日本が提唱した考え方であり、2019年の第40回ユネスコ総会で採択されたESDの新たな国際的枠組み「持続可能な開発のための教育:SDGs実現に向けて(ESD for 2030)の実施を通じて、ESDの行動を拡大することを奨励する」と決議され、優先行動分野として、①政策の推進、②学習環境の変革、③教育者の能力構築、④ユースのエンパワーメントと動員、⑤地域レベルでの活動の促進、のロードマップを公表した経緯を踏まえる必要がある。
⑶ ウェルビーイングの実践の場として、「特別の教科 道徳」が注目されており、「道徳教育においてウェルビーイングに関連した内容が取り入れられることは重要」と書かれているが、昨年11月に開催された日本道徳教育学会第100回記念大会は、「持続可能な社会を実現するために道徳教育に何ができるか一日本道徳教育学会が果たすべき未来への使命と役割」をテーマに開催され、ESDやウェルビーイング、幸福学を道徳教育でいかに実践するかについての理論と実践について発表したラウンドテーブルを私が企画し、共同研究発表を行った。次期教育振興基本計画の核となる「日本社会に根差したウェルビーイング」を道徳教育として具体化する理論と実践の往還を深める試みが始まっていることにも是非言及してほしい。
また、2月8日の同特命委員会では「G7教育大臣会合で我が国が国際発信すべき、日本発(的)ウェルビーイングの視点」として、以下の問題提起を行った。
1 「多様性に通底する価値を探る」(2005年ユネスコ60周年記念国際シンポジウム「文化の多様性と通底の価値――聖俗の拮抗を廻る東西対話」最終公式声明、共催:モラロジー道徳科学研究センター・国際日本文化研究センター)…松浦晃一郎ユネスコ事務局長・服部英二ユネスコ事務局長官房特別参与・道徳科学研究センター研究主幹がリード
⑴「和」の概念=「異なるものの調和」「和解に基づいた平和」「和して同ぜず」
⑵「道」の概念=「対話」のための理想的な場
⑶「対話」の概念=「対決」である「試練」であり「変容」➡「対話の持つ改善力」
<文明が衝突するのではなく、「文明に対する無知」が紛争を招くのである>
<「文明間の対話」から「対話の文明」へ移行することが示唆された>
<そのためには、対話の条件と在り方を定義することが必要となる>
<文化の多様性は、真の対話のために必要な材料である>
<グローバリゼーションが文化を画一化する危険を募らせ、全ての文明をその本来の基盤である地球から切り離す危機が高まっている現在、土地や環境の特殊性を考えることがますます重要になってきている>
⑷「通底」(transversal)の概念 ――「普遍的」(universal)との違い
<「美の文明」と審美的な視野が、「善」と「真」をイデオロギーの前提とした論説が広く定着したことから生じた行き詰まりを打破できる…「善」や「真」の概念に基づいた教義により現代の多くの危機が引き起こされている状況を目にするとき、「美」は価値論的な論説を超える>
2 地球システム・倫理学会学術大会(事務局・モラロジー道徳教育財団道徳科学研究所)
⑴第12回「A World of Sustainability――とこわか(常若)の思想」(麗澤大学)
・宗像国際環境会議「常若産業宣言・甲子園」➡SDGsを「自分事」として捉える
⑵第17回「3,11に何を学ぶか一将来のレジリエント社会の構築に向けて」(東北大)
⑶第18回シンポ「人類はどこへ向かうのか?――真のwell-beingを求めて」(慶應義塾大)パネリスト(鈴木寛・前野隆司・宮田裕章・内田由紀子・服部英二)
3 国・地域の文化によって異なる多様なwell-beingの在り方を尊重する
⑴日本は「協調的幸福感」➡「世界幸福度」に「調和」「協調」「バランス」視点を導入
⑵北米は「獲得的幸福感」
●毎日「note」連載を開始
最後に、5月から「道徳サロン」拙稿連載は月1回にし、新たに「note」に毎日以下のような連載を開始したので、参照されたい。
① 第1回ウェルビーイング教育研究会報告 ―― 石清水八幡宮権宮司「鎮守の森に内在する普遍的哲学を活用した国際教育改革と平和構築に向けて」
⑧ 自民党は読売社説・当事者4団体の抗議に耳を傾けよ ―― 保守層の自民離れを警告!
⑩ 科学的根拠に基づくLGBTの「正しい理解」を増進するガイドラインの作成を
⑬ イデオロギー対立を超える「感性を育てる人権基礎教育」―― PTA全国大会基調講演
⑭ 鎮守の森に内在する普遍的哲学を活用した日本発ESD文化の国際発信
⑯ ウェルビーイングを中核とした道徳教育の理論と実践の体系化・構造化
(令和5年5月22日)
※髙橋史朗教授の書籍
『WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)と「歴史戦」』
『日本文化と感性教育――歴史教科書問題の本質』
『家庭で教えること 学校で学ぶこと』
『親学のすすめ――胎児・乳幼児期の心の教育』
『続・親学のすすめ――児童・思春期の心の教育』
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