髙橋史朗136 – ユネスコ「世界の記憶」「日本軍慰安婦の声」申請文書の“嘘”

髙橋史朗

モラロジー道徳教育財団道徳科学研究所 教授

麗澤大学 特別教授

 

 

●金柄憲『赤い水曜日』が明らかにした「慰安婦」文書の“嘘”

 韓国国史教科書研究所の金柄憲所長(慰安婦法廃止国民行動代表)の近著『赤い水曜日――慰安婦運動30年の嘘』(文藝春秋)によって、ユネスコ「世界の記憶」「日本軍慰安婦の声」申請文書に含まれている韓国側資料の“噓”が明らかになった。

 8カ国・地域の14市民団体で構成される国際連帯員会と英国の帝国戦争博物館が同文書の申請団体で、申請された資料は2744件で、その半分以上(1449件)は、慰安婦の証言、慰安婦の絵画、治療記録などの記念物である。

 次に多いのが慰安婦問題解決のための活動資料(732件)で、2000年に東京で行われた模擬裁判「女性国際戦犯法廷」などの訴訟文書や、1992年にソウルで始まった水曜デモ、学生による陳情ハガキなどの活動記録が含まれている。

 日韓合意によって共同申請を主導してきた韓国政府は挺身隊問題対策協議会を核とする民間団体主導に方針転換し、中韓両国政府に代わって、日本の「女たちの戦争と平和資料館」と「日本の戦争責任資料センター」が大きな役割を果たし、日本の資料が申請の中心になっていることが判明した。

 市民団体が聞き取り調査した慰安婦の口述記録や記録物は客観的に検証されていないものが多い。申請書には「慰安婦の証言は歴史的文書と照合した」と明記されているが、証言内容は時期により変遷しており、矛盾する証言もあり、信憑性に乏しい。

 「慰安婦」問題解決のための市民団体の活動に関する文書には、日本政府と日本国民が資金協力などをして設立したアジア女性基金などの活動資料は含まれず、日韓合意に反対する反政府運動団体の資料しか申請されていない。「1990年代初頭以来制作された社会運動と支援団体の活動に関する資料は、歴史的価値と真正度に基づいて選択された」と申請書には書かれているが、資料選択が恣意的でバランスを欠いている。また、現在も継続中で歴史的評価が定まっていない市民運動団体の活動資料は、「世界の記憶」遺産として相応しくない。

 

 

●「日本軍慰安所地図」の明白な誤り

 金柄憲『赤い水曜日』によって明らかになった申請資料の問題点の第一は、申請文書に掲載されている日本軍慰安婦地図(出典は『簡単に分かる日本軍「慰安婦」』、東北アジア歴史財団であるが、日本の「女たちの戦争と平和資料館」が提供した形で記載されている)である。同書によれば、この「慰安所推定位置を表示した日本軍慰安所地図」には、日本、朝鮮、台湾、満洲にまで日本軍慰安所が表示されている。

 しかし、これは日本軍慰安所の実体を歪曲している。日本軍慰安所は1937年頃から、日本軍が占領中だった中国など戦争地域に本格的に設置され始めた。1941年以後、日本軍の占領する地域が拡大したことにより、東南アジア・南太平洋地域にまで軍慰安所が設置された。そこで、この点を踏まえて金所長は次のように反論している。

<日本軍の占領地ではない日本や朝鮮、台湾、満州には、日本軍慰安所が設置されなかったという意味だ。それなのに地図には、日本を含む4カ国にも慰安所推定位置が表示されている。旧日本軍の文書や軍関係資料に表れる慰安所のうち、日本軍が管理していたのが明らかな慰安所のみが日本軍慰安所といえる。残りはすべて遊郭のような一般売春宿と見なすべきだろう。教科書はこれを区分せず、日本軍慰安所を含むすべての売春宿を日本軍慰安所と表記している。明白な誤りだ(350-351頁)>

 

 

●慰安婦の絵は心理療法で指導されて描いたもの

 心理療法の中で描かれた慰安婦の絵が共同申請に含まれている。2013年12月31日付朝鮮日報によれば、韓国の国家記録院は2008年から保存価値の高い民間の記録物を国家指定記録物として指定して、これらを復元・保存して後世に残す作業に取り組み、同年12月30日に、「日本軍慰安婦関連の記録3060点を国家指定記録物として新たに指定した」と発表した。

 この3060点の国家指定記録物には、慰安婦の口述記録、心理検査・記者会見・集会などの映像記録と写真、慰安婦の描いた絵などが含まれており、これらは元慰安婦が集まって生活している社会法人「ナヌムの家」で所蔵されている。国家記録院関係者は「歴史的、学術的な価値が非常に高いことから、国家指定記録物として指定されることになった」と述べているが、これらの日本軍慰安婦関連の記録物が果たして「世界の記憶遺産」としてふさわしいのかについては、冷静かつ慎重に議論する必要がある。

 ローマ法王フランシスコや村山富市元首相にその絵が送られた元慰安婦・金順徳(キム・スンドク)さんが描いた、韓国の伝統衣装を着た若い女性が兵士に手を取られて強制連行されている絵(申請文書に掲載されている絵参照)も同国家指定記録物に含まれており、共同申請文書の代表作品としてクローズアップされている。

 彼女が2003年4月4日に高槻市立総合市民交流センターで行った証言では、「日帝時代、『準看護婦』として韓国から連れられた」と述べているが、同年6月12日付朝日新聞では、「1937年、17歳のとき、『日本の工場で働く娘を募集している』という言葉に騙され、中国・上海の慰安所に連れて行かれた」と証言しており、証言が矛盾している。ちなみに、内地(日本)の企業が朝鮮での求人活動が許可されたのは、国家総動員法が成立した1938年からである。このような慰安婦証言の矛盾は枚挙にいとまないのが実態であり、厳密な検証が必要不可欠である。

 

 

●絵の指導者の証言と食い違う慰安婦の証言

 金柄憲『赤い水曜日』は、この「連れていかれる」というタイトルの金順徳の絵について次のように述べている。

<この絵は、恐怖におびえる瞳、乱暴に引っ張っていこうとする手、連れていかれたくなくてあがく少女の後ろに海が見え、その上をカモメが飛んでいる。左側は朝鮮半島の姿であり、右側の青い海は日本海だ。この絵を見た人々は、戦時中、朝鮮人女性たちが日本軍に強制連行されて性的暴行を受けて殺害される、残酷な光景を思い浮かべただろう。金順徳に絵を指導した李京信の説明がこれを証明している。

 「少女を連れていく日本軍の具体的形状を省略し、凶悪な手だけを描いたのは、それ以上詳しく描けないからだと推測されるが、むしろその選択が素晴らしい結果を生んだ」(李京信『咲ききれなかった花』ヒューマニスト、2018,239頁)

 そして、李京信は「連れていかれる」の絵の構図をそのまま生かし、『咲ききれなかった花』という本の中で省略された内容をよみがえらせて「具体的形状」に描き直した。左図の少女の体には韓服を着た多くの少女たちを、右側には軍服を着た日本軍を重ねて描いた。少女を連れていった凶悪な手が日本軍の手であることを明確にしたのだ。しかし、絵を描いた金順徳の話は違う。

 「そのときまで山の中に住んでたから、私には何が何だか分からない! 私の家はとても貧しかったから口減らしになるし、工場に行けばお金も稼げるし、腹をすかせずに済むだろうと思った。でも、どこからそんなに大勢来たのか、娘たちが集まってきた。あいつらが朝鮮の娘たちをみんな連れていった。連れていかれるまでは何も知らなかった。どこがどこなのかも分からないし、何をする所なのかも知らなくて…」(同、239頁)>

 金順徳は「工場に行けばお金も稼げるし、腹もすかせずに済む」と思っていたら、工場ではなく慰安所だったというのである。朝鮮の少女と日本の軍人たちを重ねて描いた李京信は、「純真な17歳の時、お金を稼ぐために日本の工場に就職しようとして性奴隷として連れていかれた少女の恐怖が、そのまま盛り込まれている」と述べているが、これは絵とは全く別の話である。

 金順徳に関する記事を調べると、「工場にお金を稼ぎに行く」(『オーマイニュース』2004年8月8日)「看護師または准看護師になるため」(京郷新聞、2018年8月8日)、「中国の上海に連行」(『日本の慰安婦問題証拠資料集』⑴、62頁)などと、証言が一致しない。

 そこで、金柄憲は次のように断言している。

<明白なのは、いずれにせよ日本軍は登場しないことだ。日本軍には就職させてやる、と言って朝鮮女性を連行する理由がない。結局、金順徳の手首を引っ張っていった手は、日本軍の手ではなく、就職詐欺犯の手だったのだ(同、246頁)>

 

 

●慰安婦像は「平和のシンボル」ではなく「紛争のシンボル」

 ユネスコ「世界の記憶」「日本軍慰安婦の声」申請文書は、「平和のシンボル」として慰安婦像の世界的意義を強調しているが、実際には、各地で地域社会を分断し、無用の混乱と軋轢をもたらし、在外邦人が原告となった複数の訴訟が起き、友好、協力、相互理解を阻害する「紛争のシンボル」と化している。

 ユネスコ憲章の前文には、「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和の砦を築かなければならない」と書かれている。加盟国間の友好、協力、相互理解の促進がユネスコ設立の目的であることを忘れてはならない。

 韓国内に設置された慰安婦像の数は約140、米独豪など外国にも15以上設置され、韓国の中学校、高校には30センチ位の慰安婦像が数百個設置されている。アメリカに設置された慰安婦像はレンターカーで全米を横断してすべて写真に収め、現地の関係者からヒアリングを行った。

 ソウルで30年近く水曜集会が開催されている日本大使館前の銅像をはじめとして、我々がよく見る慰安婦像の作者はその制作意図と過程を『空いた椅子に刻んだ約束』(図書出版マル、2016)という作家ノートにまとめている。

 金柄憲は『赤い水曜日』の第10章「平和という名の慰安婦像」(248-263頁)において、慰安婦像歪曲の実態を詳述している。紙面の関係で、その冒頭部分と結論のみを抜粋しよう。

<「平和の少女像」は、①慰安婦になれない10代前半から半ばの少女を形象化したこと、②慰安婦の実情を歪曲していること、③外交関係に関するウィーン条約違反して設置していることから、金夫婦の言う「崇高な精神と歴史」からは程遠い。では、『空いた椅子に刻んだ約束』に収録された慰安婦歪曲の実態を見てみよう。…性奴隷、戦争犯罪、残酷な女性人権蹂躙はすべてデタラメだ。慰安婦は、性的暴行と人権蹂躙を受けた戦争犯罪の被害者ではない。加害者も日本軍ではない。…作家が何度も身震いして涙を流したり、胸の中で痛恨をもってよみがえったという慰安婦姿は、すべて虚像であり虚偽である>

 

 

●ユネスコからの「対話」勧告

 前述した「世界の記憶」「日本軍慰安婦の声」を共同申請した国際連帯委員会の韓国代表は「挺対協」代表、日本委員会の代表は「女性国際戦犯法廷」を主導した松井やよりの政治活動を継承するために設立された政治団体「女たちの戦争と平和資料館(WAM)」の渡辺美奈事務局長である。

 そもそも「世界の記憶」遺産事業は史実を認定するものではない。「世界の記憶」として登録して保護・保存し、アクセスを可能とすることを一般指針に求めており、歴史の審判や解釈には踏み込まず「対話と理解を育てる」ことを目指している。

 前回「世界の記憶」に登録申請された政治的申請案件には、日本の保守系団体である慰安婦の真実国民運動、なでしこアクション、日本再生研究会、メディア放送政策研究所が共同申請した「慰安婦と日本軍規律に関する記録」が含まれており、米国立公文書館と日本政府が保有する公文書を申請し、慰安婦制度は日本軍の厳しい規律によって管理された公娼制度であったと主張した。

 8カ国・地域14団体の共同申請文書とこの文書には同一の文書が含まれているが、軍の関与などについて全く相反する説明、主張が行われている。日本が主導した「世界の記憶」制度の改革によって、「合意が得られない場合、対話を繰り返し、次期登録申請サイクルが終了するまで対話を継続(申請後最長4年間)」することになった。

 ユネスコが求めてきた「当事者と関係者の対話」勧告に基づき、ユネスコの仲介で、日本の4団体と国際連帯委員会との対話の条件をめぐって現在確認作業が行われている。米国立公文書館所蔵の同一文書について対話しても合意は不可能であり、対話の結果、歴史学上重要な議論の対象であることがクローズアップされて、将来的な歴史学者同士による史実の検証を可能にするために、「世界の記憶」として保護、保存しようということになりかねない危険性がある。

 

 

●官民一体となった「歴史戦」

 対話のポイントとして想定される具体的テーマとしては、①米国立公文書館所蔵の戦時情報局心理作戦班日本人捕虜尋問報告49号、②韓国政府が登録した238人の元慰安婦証言、③元慰安婦の絵(269点)、押し花(19点)、④慰安婦問題解決のための活動資料(「女性国際戦犯法廷関係資料(2628頁)」、水曜デモ9点、郵便はがき23342枚)などがあり、②③④の資料については、『反日種族主義』の共著者である韓国人研究者にも研究協力を要請した。

 また、「関係者」には当然日本政府も含まれ、平成29年10月16日付の「世界の記憶」日本軍「慰安婦の声」共同申請登録に反対する日本の学者声明(100名)に賛同し、対話の機会の提供を求めた学者も含まれる。同声明は、伊藤隆・田中英道・渡辺利夫・西岡力・髙橋史朗が「呼びかけ人」となり、賛同者名は『歴史認識問題研究』第2号(18-19頁)に記載されている。

 アブダビで開催された「世界の記憶」国際諮問委員会にオブザーバー参加後、安倍元首相と自民党外交委員会に官民一体となって研究を進める必要性を訴え、ユネスコにも意見書を提出し、今日に至っている。詳しくは、拙著『WGIPと「歴史戦」』、拙稿「世界記憶遺産『慰安婦』共同申請資料の欺瞞」(『正論』平成28年8月号)、同「やっぱりひどい世界記憶遺産の申請文書」(同10月号)、同「ユネスコでは今、重大局面を迎えた」(同平成29年11月号)、同「ユネスコ『世界の記憶』の最新動向に関する一考察」(『歴史認識問題研究』創刊号)、同「慰安婦登録・見送りの経緯と今後の課題」(同第2号)を参照してほしい。

 

(令和5年4月13日)

 

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