髙橋史朗135 – 米国の長期追跡調査で判明した保育所の悪影響

髙橋史朗

モラロジー道徳教育財団道徳科学研究所 教授

麗澤大学 特別教授

 

 

 3月29日付産経新聞「正論」欄に掲載された青山学院大学の福井義高教授の「子供のため伝統的家庭の尊重を」と題する論考で紹介された米国の保育所影響調査は極めて注目される。

 保育所での養育が子供に与える影響を見るために、米国では国家的研究プロジェクトとして、数百億円予算をつぎ込み、生まれてから15歳まで約1300人の子供の定期的観察を繰り返す調査が1991年から行われてきた。

 その結果、人生の最初を保育所で過ごすと、乱暴で言うことを聞かないなど、問題行動を起こしやすくなることが明らかになった。しかも、1週間あたり保育所で過ごす時間が長いほど悪化する。負の影響は最後の観察時点である15歳まで続くという。

 福井教授によれば、最近の実証研究では、長期にわたってマイナスの影響を与える「子供時代の逆境」として、本人への暴力、性的虐待、本人以外への家庭内暴力、親の刑務所入りなどと並んで、離婚(両親の離別)が加えられている。

 また、80年にわたり千数百名の男女を追跡調査した米国での研究によれば、21歳までに両親が離婚した場合、寿命が4~5年短くなるという結果が出ている。離婚が子供の心身に持続的悪影響を与えることは、今や否定できない事実であるという。

 平成21年に民主党政権になり、「子ども・子育て支援新システム」(後の「子ども・子育て支援新制度」)が発表され、保育者たちが「子育て放棄支援ではないのか」と反発した規制緩和と幼保一体化構想が乳幼児保育の量的拡大を目指して始まり、「保育の質」を無視した量的拡大策が継続されてきた。

 

 

●保育崩壊の根因は政府の経済優先の「日本再興戦略」

 幼保一元化ワーキンググループの座長を務めた発達心理学者が『保育の友』という雑誌に、「これまで親が第一義的責任を担い、それが果たせない時に社会(保育所)が代わりにと考えられてきましたが、その順番を変えたのです」と明記し、親の第一義的責任を定めた教育基本法、幼稚園教育要領、並びに「子供の最善の利益」を第一義的に考慮すると明記した児童の権利条約の趣旨を否定する発言が堂々と行われるようになり、教育基本法第10条の規定は空洞化した。

 幼児にとって「保育の質」は保育士の心や人間性にあるという視点が見失われ、保育という仕組みに教育の第一義的責任を負わせることによって「保育崩壊」が進み、0歳児を長時間預けることに躊躇しない親が増えていった。

 私が内閣府の男女共同参画会議の有識者議員に就任した平成25年の6月14日に閣議決定された「日本再興戦略」において、「保育分野は、『制度の設計次第で巨大な新市場として成長の原動力になりうる分野』と明記されたように、保育を成長産業と見做す子供優先ではなく経済優先の価値観に立脚して、待機児童は2万人であったにもかかわらず、「あと40万人保育園で預かれば女性が輝く」などという不見識な発言が行われ、私は猛抗議した。

 第一次安倍政権下において山谷えり子議員が取りまとめた「あったかハッピープロジェクト」(政務官会議PT)の中間報告には、「経済の物差しから幸福の物差しを取り戻さなければならない」と明記されていたにもかかわらず、第二次安倍政権では経済優先の「人づくり革命」へと逆戻りしてしまったのである。

 私は首相官邸で開催された男女共同参画会議で意を決して政府の保育政策を批判したが、アメリカの実証的研究によって、子供の発達にとって保育所の質ではなく、預けられる時間が重要なことが判明し、保育の質の向上だけでは解決しないことが明らかになったことは特筆に値する。

 米国で同調査が行われる前には保育所の質が子供に好影響を与えると期待されていたが、実際に見られたのは認知・言語機能に対する小さな正の効果が見られるだけであった。米国の長期追跡調査によって明らかになった「子供にとって望ましい家庭の在り方」は一体どのようなものか。

 

 

●米調査結果を踏まえた福井教授の結論

 同調査結果を踏まえた福井教授の結論は、以下の通りである。

<子供の健全な発達にとって、結婚した両親が実子を育てる家庭が、片親家庭や連れ子再婚家庭はもとより、実の両親であっても結婚せず同居している場合と比べても、優れているというのが実証研究のコンセンサスとなっている。両親と実子からなる家庭の優位性は、所得水準など他の要因を考慮に入れても揺るがない。所得格差が小さく、家庭の多様な在り方に寛容とされる北欧諸国でも、その優位性は変わらない。
 政府はこれまで、小さな子供のいる女性の賃金労働者化を推進し、保育所の拡充を進めてきた。しかし、子育ての保育所への依存は、子供にとって望ましいことなのであろうか。そもそも、家庭外で賃金労働を行う女性だけを「働く女性」と表現することは正しくない。専業主婦も子育てを含めた家庭内サービスを提供する働く女性であり、論点は、誰が子育てサービスを提供することが子供にとって望ましいかである。…
 「遅れた」日本のモデルであるかのように語られる、家族の在り方が多様化した欧米社会の現実に基づく実証研究が指し示すのは、子供が結婚した実の両親と暮らし、小さい間は母親が子育てに専念するという伝統的家庭が、将来の社会を支える子供にとって最も望ましい家族の在り方だという、ある意味平凡な結論である。…
 ではどのような家族政策が望ましいのか。まず伝統的家庭こそ子供にとって最善の環境であり、政策はその維持に資するものでなければならない。それ以外の家族の在り方は容認するにとどめ、推奨すべきではない。
 そして、子育てという人間にとって最重要の仕事のひとつを長時間外注することにデメリットがないかのような議論が横行しているけれど、実証研究が示した保育所のマイナス面を考慮すれば、小さな子供を持つ母親が子育てに専念できるような政策が望まれる。逆に、保育所通所への公費補助は、どうしても利用しなければならない弱い立場にある片親家庭などを除き、子供のことを考えるのであれば正当化しがたい。
 米国の保育所影響調査を主導したジェイ・ベルスキー教授(カリフォルニア大デービス校)も指摘しているように、物言わぬ小さな子供たち本人が発言することができれば、保育所ではなく自宅で母親に育ててほしいと要求するに違いない。それに応えることこそ、子供の権利尊重ではないだろうか>

 

 

●ベルスキー論文「米国における保育が子供に及ぼす影響」の結論

 同調査を主導したベルスキー教授は「米国における保育が子供の発達に及ぼす影響」と題する論文において、大要を次のように結論づけている。難解な訳文である点はご容赦願いたい。

<最近の報告で、米国国立小児保健人間発達研究所早期保育研究ネットワーク は、性別、民族性、家族の社会経済的な地位、母親の心理的適応、子育ての質など多くの要因を制御した後でも、出生から4、5歳までの期間にわたる早期保育は、「就学前の子供の機能に対して、発達上のリスクと発達上の利点の両方に関連している」と結論付けた。
 リスクは以下の通りだ。(a) 人生の最初の4年半の間の(あらゆる種類の)保育時間の増加は、54ヵ月から1年生までの問題行動の増加、および3年生時点での社会的能力の低下、学習習慣の低下に関連している。また、独立して、(b) 保育所で過ごす時間が長いほど、54ヵ月から3年生までの問題行動のレベルが高くなることに関連している。
 利点は、より質の高い育児とセンターでのより多くの経験が、同じ長い発達期間にわたってより良い認知機能、言語機能、および学業成績機能を予測することだ。
 詳細な育児履歴が取得され、保育の質の注意深い観察評価が、時間をかけて繰り返し実施され、質の高い保育は認知言語機能の向上を予測した。 さらに、最初の2年間における、中等度から高レベルのセンターベースのケアと、(親族ではない)チャイルドマインダーによる非常に高レベルのケア(親族によるものではない)は、反社会的行動の増加と関連していた。

 第一に、考慮されたデータは、理想的には一部のスカンジナビア諸国と同様な長さで、有給の育児休暇を拡大するか、あるいは、親たちに、乳児期、幼児期、そして就学前の時期にわたって、彼らが選択したのでなければ、母親以外のケアにあまり頼らない自由を与えるための他の戦略(例:パートタイムの雇用)を促進すべきであるように思われる。関連して税政策は、親たちが、彼らが子供にとって最善と考える子育てのあり方を自由に行えるようにする方法で、乳児や幼い子供を育てる家族を支援するべきである。これにより、少なくとも米国や英国において、多くの人々が、心ならずも自分の子供たちのケアを他者に任せることを余儀なくされている経済的な強制を減ずることができる。最後に、質の高い保育の明らかな利益を考えると、その拡大も同様に求められているようだ。重要なのは、これらの結論はすべて、人道的な理由だけで正当化できるということだ>

 

 

●幼児期の「非認知能力」の育成と家庭・園・学校の連携
 ――遠藤俊彦東大教授の問題提起

 ユニセフの『世界子供白書2001』には、3歳までの親や家族との経験や対話が、後の学校での成績、青年期や成人期の性格を左右すると明記されている。また、WHOは、「人生最初の1000日間」がその時期にもっとも発達する人間の脳にとっていかに大切かを強調する。

 30年前にフランス議会が「両親が共働きになったとして、子供の発達は大丈夫なのか」と問題提起した時、世界乳幼児精神保健学会は「ビジネスの原理では子供は育たない」と警告したことを肝に銘じる必要があるのではないか。

 最後に、幼児期における「非認知能力」の育成が生涯のウェルビーイング、幸福、成功の土台になることに注目する東大大学院の遠藤俊彦教授は、本稿で紹介した米国国立小児保健人間発達研究所の調査結果について、違った視点から次のようにコメントしている点にも留意する必要があろう。

<早期から乳幼児保育に関する大規模な縦断研究を実施し、乳幼児期の早い段階から保育所に子供を預けることは、子供の発達にはほとんど差を生み出さないと結論付けた。子供を乳児期の早い時期から保育園に預けることが、単純に発達に悪影響を及ぼすわけではないことがわかってきた。同研究所は、保育園利用の有無より、保育園でどれだけ質の高い保育を受けられるかが発達に影響するとも述べている。子供の感情やシグナルを受け止めて素早く応答できる敏感性、子供の活動にポジティブな関心を向ける態度、子供の認知活動を支え促すこと、子供の主体的な活動には土足で踏み込まず、見守りつつ応援する姿勢など、保育者が高いスキルをもっていることが重要となる。子供の発達にマイナスの影響があるのは、短期間のうちに保育園を転々とさせられたり、質の高い保育や長時間保育を受けたりすることと、家庭内の親子関係の不和が組み合わさることである。
 家庭外における経験が、子供の認知と非認知の両面の発達にポジティブに働く可能性が示唆されている。家庭の外の関係性が、家庭と全く同じ機能を果たす必要があると言われているのではない。あえて家庭とは異なる子供と大人の関係性こそが、子供の育ちを支えていくと言われているのである。
 最近発達心理学で注目されている集団社会化理論によれば、子供は子供同士の濃密な集団生活の中で、「同化」と「差異化」を濃密に経験してきた。この「同化」と「差異化」が人間の発達には際立って重要な意味を持っていたはずである。とりわけ、乳幼児期における斜めの関係や横の関係の希薄化が現代では深刻になっている。
 現代では子供は家庭に加え、園・学校という二つの社会にまたがって生きている。園や学校でも、子供たちが幸福に生きて行けるように発達を支えていかなければならない。もちろん家庭の教育機能を高めていくということは、それはそれで必要である。とりわけ、核家族化が進んだ現代においては、父親がどれだけ家庭で子育てに深く貢献できるかを考えなければならない。同時に集団の中で、自然発生的には生じにくくなっている子供同士の斜めの関係・横の関係をどのように経験できるようにするのか。それらを考えることが今、非常に重要なのである>

 昨年の「脳科学等の科学的知見に基づく家庭・道徳教育研究会」で、遠藤教授から「乳幼児期の情動発達と非認知的な心を育む家庭教育」について講演していただいたが、子供のウェルビーイング向上のためには乳幼児期の「非認知能力」の育成と園・学校・家庭の連携を深めることが重要である。前述した福井・ベルスキ―・遠藤教授のいずれも重要で示唆に富む問題提起を含んでおり、傾聴に値する。

 

(令和5年4月11日)

 

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