髙橋史朗132 – LGBT問題をめぐる国際・国内動向の比較的考察
髙橋史朗
モラロジー道徳教育財団道徳科学研究所 教授
麗澤大学 特別教授
●町田市性の多様性尊重条例への反対意見
2月29日、町田市議会は国に対して「LGBT理解増進法案」に差別禁止規定を求める意見書を提出し、「性的指向や性自認を含むあらゆる差別を禁止することは、今や各国の義務となっており、世界50カ国以上で性的指向に基づく差別が禁止されている」「G7で差別禁止の法整備がなされていないのは日本だけとなっている」と述べている。
町田市においては、「パートナーシップ宣誓制度」導入に向けて、2月21日に「町田市性の多様性の尊重に関する条例」が上程されており、第3条において「性自認」について、「生物学的な性とは別に、自己が感じている自分の性に関する認識をいう」、「性的指向」については、「恋愛または性愛の対象がどのような対象に向かうかを示す指向を言う」と定義している。
また第7条において、「教育に携わる者は、性の多様性に対する理解を深め、性の多様性に配慮した教育を行うよう努めるものとする」と教育者の役割について明記している。さらに第8条(権利侵害の禁止)において、「何人も、家庭、職場、学校、地域その他社会のあらゆる場面において」「性自認又は性的指向を理由とする差別的取扱い又は暴力的行為」等を行ってはならない、と定めている。
これに対して3月29日、渡辺厳太郎議員が次のような注目すべき反対討論を行っている。
<近年、LGBT政策推進の先進国と言われてきたアメリカでは、多様性や差別禁止をといったポリティカル・コレクトネスを信奉する過激な急進リベラル派の活動により、価値観を押し付ける全体主義の様相が強まり、これに反対する国民は対峙することになり、事実、社会の分断が認識されるようになり、文化戦争とまで言われるようになり、ついにはリベラルメディアまでもが行き過ぎたLGBT運動の弊害を直視し、客観的に精査する動きが出ています。…米英では教育者による行き過ぎたジェンダー教育の影響で、たった15分の医療診断で性適合手術に踏み込み、後に取り返しのつかない状況となり、医師らが訴えられ、集団訴訟となっていることなどが諸外国では報道され、大きな社会問題になっています。行き過ぎた性教育による子供のアイデンティティ形成に混乱が生じることを懸念したアメリカの10州では、既に誤りに気が付き、幼稚園や小学校低学年での性的指向や性自認に関する教育を禁止する州法を制定していますし、むしろ最近ではLGBTQに対する反発も強まっており、2017年1月時点ですら19の州で50件を超える「反LGBTQ法」が制定されました。…理解増進を目的にしていたはずの条文が、かえって当事者に対するタブー意識を強めてしまうだけでなく、諸外国が既に気が付いた対立や分断を生じさせてしまうことが西洋諸国の先例…諸外国で発生している混乱が国内で発生した場合、現在平穏の中で生活している「そっとしておいてほしい」と考える性的少数者の当事者と国民全体を不幸にすることになります。町田市において一方的な国内の報道だけを鵜吞みにし、何の問題意識も持たず、拙速に日本とは文化的にも異なるキリスト教文化圏の失敗を、対策すら考えず模倣し、一周遅れで追随し条例化することは、もはや思考停止しているとしか考えられず一議員として到底看過できません>
●LGBT問題で対立が深刻化している米英の現状
アメリカでは「差別を禁止する法律や条例を作ることを禁ずる州法」もあり、全米の31州では「スポーツの性区分は出生時の性とする」と州法で定めている。アメリカでは超党派のLGBTQ平等法案すら成立していないにもかかわらず、G7国では日本のみが非寛容的で理解が遅れているという事実に反する報道が繰り返し行われているが、LGBT問題で対立が深刻化しているイギリスの現状も直視する必要がある。
イギリスでは、「トランスジェンダーであると主張した性犯罪者が女子刑務所に収監され、女性の囚人をレイプ」「性別違和を訴える思春期女子が急増」「思春期抑制剤や性交差ホルモンの投与、外科手術など性別適合治療を受けた後で健康被害を訴えたり、元の性別に戻す事例が現れる」など、LGBT問題、特に「性自認」をめぐるトラブルや事件が注目を集めている。その結果、行き過ぎた人権運動に対して懸念する声も目立つようになった。以下の如く、地域ごとの対立に加え、政府与党内でも見解が分かれ、政権のリスク要因にもなっている。
スコットランドでは性別変更の要件を簡素化する法律が昨年末に可決されたが、女性スペースが危機にさらされるなどの批判もあって英国政府が実効化を阻止。スコットランド住民を含む国民の多くが英国政府の判断を支持し、その他の政策課題の失敗も絡んで、スコットランドのスタージョン自治政府首相が辞任に追い込まれた。
一方、英国政府は「同性愛を治療する」転向療法の禁止の法制化を準備しているが、そこに「性同一性」に関する転向療法禁止を含むか否かで激しい議論となっている。「性同一性」を含む政府方針に対して、与党である保守党内部から「子供を心配する親、教師、医師などを犯罪者にする恐れがある」という反対意見が噴出し、キリスト教からも教会指導者1400名が連名でスナク首相に反対の手紙を提出するなど、大混乱が生じている。
ウェールズの労働党政府が「証明書なしでの性別変更を認める」「パスポート、免許証でノンバイナリー(身体的性に関係なく、自身の性自認・性表現に男女といった枠組みを当てはめようとしないセクシャリティ)の記載を認める」新たな行動計画を発表したが、2月8日、英国政府は特に女性と子供の安全問題を懸念し「女性の権利を踏みにじる」として、ウェールズ政府に実行に必要な権限を与えない方針を表明し、ウェールズ政府は英国政府と協議する意向を示している。
このようにLGBT問題は、イギリス国内で地域・与野党・与党内対立が先鋭化し、様々なレベルで政局の火種となっており、政権瓦解、さらには国家分裂につながる危険性を孕んでいる。「G7国で日本だけが遅れている」などという英米の深刻な現実を知らない無責任な日本のマスコミ報道に騙されてはならない。
●「ジェンダー認識改革法案」をめぐる対立
昨年12月22日、英国のスコットランド議会は「ジェンダー認識改革法案」を賛成86、反対39で可決した。同法案は法的な性別移行(性別認定証明書“GRC”の取得)をより容易にすることを目指し、2005年から出生証明書の性別変更を認めてきた要件を大幅に緩和し、①申請のために必要な、新たな性別で生活していた期間を2年から6カ月に短縮、②医師の診断も不要になり、③最低年齢も18歳から16歳に引き下げ、ただし④虚偽申請は犯罪とするとし、自己申告での性別変更を可能にした。
ちなみに、性別認定の虚偽申請・法廷申告の犯罪化には6割が賛成し、医学的要件を取り除くことには賛否が共に4割で拮抗した。最低年齢の引き下げについては、反対が5割を超え、賛成は3割にとどまった。
このことから実際には、多くの人が法改正の内容を十分に理解しないままに、LGBTの権利擁護という安易な空気の中で賛成していることがわかる。日本にも同様の軽薄な状況がマスコミの後押しで広がっていることを直視する必要がある。
これに対して英国政府は1月17日、同法案は国内の性専用スペースに身震いするような影響を及ぼすとして、国王による同意を得ることを阻止した。
昨年1月にBBCの委託により実施したスコットランドの世論調査によれば、性別認定証明書を取得しやすくすることに57%が賛成していたが、具体的な項目を挙げた質問では、賛成する割合が低下し、反対が上回る項目も多かった。
具体的には、更衣室や病棟などに男女専用の公共スペースを提供し続けることを「強く支持」33%、「どちらかといえば支持」28%、「どちらとも言えない」20%、「どちらかといえば反対」6%、「強く反対」5%で、「トランス女性が公共の女子トイレを使用すること」について賛成は38%、反対は25%であるが、「性自認が女性であれば、法的に性別を変更せず、手術もしていなくても使用できる」は13%、「性自認女性で法的に性別を変更していれば、性別適合手術はしていなくても使用できる」は15%に過ぎなかった。
一方、1月18-19日に実施された英国のグレートブリテンの成人2000人の調査によれば、「英国政府が阻止するのは正しい」が50%、「間違い」が24%で、英国政府の判断をダブルスコアで支持していることが判明した。
イギリスの事例はまだ法的な性別移行の要件緩和をめぐる問題であるが、我が国のLGBT理解増進法や全国61自治体に広がっている「性的指向」「性自認」を盛り込んだ「性の多様性尊重(LGBT)条例」では、法的な戸籍上の性別は関係ない。
麗澤大学の八木秀次教授は、「日本の理解増進法の性自認では法的な戸籍上の性別は関係ない。本人が自分を女性と認識すれば、戸籍上の性別や外見に関係なく、女性として扱わなければならないとする。スコットランドやウェールズ以上の『先進的』で『過激』な内容なのだ。公衆浴場の女湯にトランス女性が入ってくるなんて『デマ』だとの反論もなされているが、理解増進法の趣旨はトランス女性を女湯に入れることを求めるものだ。制定されれば、公衆浴場法に基づく規則も『差別』がないように変えざるを得ない。反対すれば、『理解』が足りないとしてカウンセリングや研修に送り込まれる」(『正論』5月号・フロントアベニュー「差別者はカウンセリング送りとなる理解増進法」参照)と警告しているが、その通りであろう。
●LGBT問題をめぐる欧米の動向
ヨーロッパでは性別違和をめぐる政策が再検討されており、フランスでは国立医学アカデミーが、未成年の性転換ホルモン治療、外科手術の危険性について警告し、子供と親ができるだけ長期の心理的な支援を受けることを推奨した。
スウェーデンも18歳未満に対する思春期抑制剤投与を含むホルモン治療を原則的に停止し、心理カウンセリングを優先。フィンランドも18歳未満に対し、ホルモン治療・外科手術よりも心理的療法を優先する方針を明らかにした。
欧米では、「性自認」による施設利用・競技参加には犯罪リスク、競技力の差などの悪影響の観点から一定の歯止めがかかりつつある。また、小児期・思春期の「性別違和」についても、ホルモン治療後の悪影響が次第に明らかになっており、身体的介入を制限する流れが見られる。
英国唯一の児童ジェンダー医療機関「性同一性開発サービス」が今春閉鎖され、身体的介入を控え、カウンセリングや家族支援を充実させていくことになった。Hannah Barnesが2月に出版した『考えるための時間』(英文)によれば、ジェンダー・サービスが「稼ぎ頭」となりリスク管理の未熟さが目立ち、「懸念」が黙殺されたことが問題視され、王立小児保健協会学会)の元会長であるヒラリー・キャス博士が「根本的に異なるサービスモデルが必要」と勧告し、閉鎖が決定されたという。
同博士によれば、子供や若者の性別違和についての意見の一致がなく、多くの場合開かれた議論が行われておらず、性別違和は固有の普遍的現象だけでなく、流動的で時間的な反応の場合もある。
青少年の性同一性サービスに関する中間レビューによれば、定期的かつ一貫したデータ収集が行われていないため、子供たちがジェンダー・サービスによってたどる経路や結果を正確に追跡できないため、特定のイデオロギーの理論的観点からデータを解釈する危険性が高いという。
性別移行を行い、トランスジェンダー支援を行う活動家も拙速な治療に疑問を呈しており、精神医学・自殺学の権威であるカロリンスカ研究所のDanuta Wasserman教授も自殺予防の方法はエビデンスに基づく方法論である「会話療法」であると指摘している。
また、スウェーデンの大学病院の精神科医であるアンジェラ・センフィヨルド博士も、証拠が不足しているのに性別適合治療にOKを出すことが期待され、私の良心は食い物にされ、医師としてこれらの患者に危害を及ぼす危険性があり、ホルモン治療と外科的治療の証拠不足への恐れを理由に辞任した。
●渋谷区「誰でもトイレ」に欠落している「犯罪機会論」の視点
私が住んでいる渋谷区にも誰でも入れる公共の共用トイレが増えているが、安全にトイレを使用する女性の権利が侵害されている。例えば渋谷区幡ヶ谷3丁目の公衆トイレは、男性用・女性用・共用トイレから、男性用と共用トイレだけに建て替えられ、女性用トイレはなくなった。
しかし、立正大学の小宮信夫教授が指摘しているように、トイレは犯罪の温床であり、「心は女性」と主張する男性が侵入するリスクが高く、女性と子供が被害者になる。海外では「犯罪機会論」の視点が重視されて公共施設がデザインされるのに、渋谷区・日本財団のトイレプロジェクトにはこの視点が欠落している。
「性の多様性尊重条例」の制定は、差別の解消を図る目的から、事業者、住民、学校に対して意識や行動の見直し、学習、自治体の施策への協力義務が課せられているが、何が不当な差別に当たるのか、何が人権侵害に該当するのか不明確なまま「差別禁止」を課していることは問題である。
同条例の問題点を列挙すれば、①定義が不明確な「差別禁止」の下で理解や協力、配慮を求めていること、②家庭、学校、地域、職場などで「性自認又は性的指向を理由とする差別的取扱い」を禁止していること、③同様の差別禁止や人権侵害禁止を事業者や住民にも課していること、等である。
性の多様性と「性的自己決定権」を尊重する「包括的性教育」によって、子供たちの性転換手術が急増し、大混乱に陥ったイギリスが今、「性自認」の扱いに苦慮している現状、小学生に性の多様性と「性的自己決定権」を教えたアメリカで「差別を禁止する法律や条例を作ることを禁ずる州法』が制定され、性教育をめぐって親と学校の対立が深刻化している現実を直視する必要がある。
LGBT理解増進法の審議は先送りされたが、「こども家庭庁」が発足し、秋までに策定する「こども大綱」に向けて審議が本格化する。子供の最善の利益・ウェルビーイングを第一に考える「こどもまんなか社会」の実現に向けた「性の多様性尊重」の法律や条例はいかにあるべきかについて、欧米の教訓を踏まえて、慎重に議論を尽くす必要がある。
(令和5年4月3日)
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