モラロジー研究会 開催報告(11/5)

はじめに
 令和7(2025)年11月5日(水)に研修館302教室において、「廣池千九郎が後世に託した34項目の研究課題の検討 その9-(16)人類学的及び文明史的に道徳及び信仰の価値を徹底的に研究すること-」をテーマとして、モラロジー研究会を開催しました。参加者は、所員および一般参加者を合わせて24名でした。
 冒頭でモラロジー研究推進プロジェクトのコーディネーター竹中信介(道科研研究員)が、これまでの3年間の研究の経緯を振り返り、「34項目の研究課題」に取り組む際の軸が、①廣池千九郎の意図を探ること、②廣池以後の学問的変遷をたどること、③先行研究の収集・整理・評価を行うことの3点であることを改めて確認しました。そして、4名の報告者による多角的な視点から、「道徳」と「信仰」の価値について人類学的・文明史的に考察することが今回の主題であることを述べました。
 各報告者のテーマおよび報告要旨は以下の通りです。

報告内容
(1) 冬月 律 主任研究員
テーマ: 明治政府の宗教政策(初期〜中期):「神道」成立と宗教政策をめぐって
報告要旨:
 明治維新は日本に初めて「宗教」という概念を導入した転換期であった。西欧的な教団中心の宗教観が移入される一方、日本では生活や慣習と結びついた信仰が主であり、両者の間に齟齬が生じた。神仏分離令以降、国家は神社を「宗教」ではなく「国家儀礼」と位置づけ、仏教・キリスト教などを「宗教」として統制した。教育勅語体制下では宗教教育が排され、信仰が道徳教育の形で包摂された。こうした政策により、「宗教」と「信仰」の分離が制度的に確立し、廣池千九郎博士が「宗教ではなく信仰」を重視した背景的文脈が形成された

(2) 田島 忠篤 客員教授
テーマ: 廣池千九郎博士は、なぜ16番目の課題で宗教とせずに信仰としたか?
報告要旨:
 廣池博士は、明治政府の宗教政策を踏まえつつも、宗教を避け「信仰」を重視した。その理由を『論文』における用語分析から検討すると、「宗教」は教団的・制度的枠組みを指し、利己的祈願や国家との衝突を伴うものとして批判的に扱われている。一方「信仰」は、個人の内面に根ざし、最高道徳の実践を導く普遍的精神作用として位置づけられる。博士にとってモラロジーは、個人の心の救済から社会・国家・世界へと展開する体系であり、その方法論上、「宗教」よりも「信仰」が学問的に妥当であったと考えられる。

(3) 小山 高正 客員教授
テーマ: 宗教・信仰の進化―「道徳及び信仰の価値」への人類学的アプローチの1つとして―
報告要旨:
 廣池千九郎が、信仰が人間特有であり、宗教心が進化によってできあがったと述べていることから、「道徳及び信仰の価値」という課題の今日的意義を、進化心理学的、宗教認知科学的アプローチから探ってみた。
 廣池の予想通り、信仰もしくは宗教は進化的に探ることが可能となった。それは、認知的な課題として見ることができるからである。すなわち、われわれに具わった「過敏な行為者探知装置」が発達の早い段階から機能する、超越的な存在の認知が心の理論の獲得過程と深い関係にある、さらに言語の獲得によってより高い、より深い超越的存在を認識し、他者と共有できるようになったのである。
 また一方で、超越的存在の認識と共有は、集団の結束を強化する機能を持っていた。それが社会の形成を促し、より大きな集団にまとめる連帯の力を生み出してきた。さらにそれが、農耕や牧畜の始まりという社会の変化に応じて、より高度な超越的存在を必要とすることになり、さらに強力で精緻な道徳を社会にもたらすことになった。
 社会がより平和で繁栄するためには、信仰心と質の高い道徳が必要であるという廣池の見解が、確実に試される時代になっている。これからも、道徳と信仰の関係をしっかりとおさえることで、より多くの人に社会における質の高い道徳の価値が理解されるよう学問的研究をさらに深めていかねばならない。

(4) 中山 理 客員教授
テーマ: 比較文明論的視点から見たモラロジーの現代的意義 ―伊東俊太郎先生の比較文明論を中心に―
報告要旨:
 本発表は伊東俊太郎の人類史の5大革命の視点から、モラロジーの現代的意義とこれからの方向性を考察したものであるが、モラロジーは「精神革命」と「科学革命 」との分断を修復し、科学と宗教との融合を目指した学問的な試みだと評価できる。
 今後は、伊東の主張する第6変革期における「環境革命」を踏まえた上で、モラロジーのさらなる学問的発展の方向性を探ることが重要であろう。その上で今後研究すべき問題点を挙げておく。
 1)Heather E. Douglasの指摘した「価値中立の理想の混乱」をどうとらえるのか。
 2)伊東は「水平超越」と「宇宙連関」の一次的な重要性を指摘する一方で、超越的存在との関係における「垂直超越」は2次的なものと考えており、それを一次的なものとする廣池とは異なるアプローチをとっている。今後は量子物理学などの最新の学問的研究も取り入れて、「つながり」の科学をさらに解明してゆく必要があるだろう。

質疑応答の内容
 会場の参加者を交えての全体討論では、明治期の宗教政策に対する廣池の立場や、「宗教」と「信仰」の概念上の違いに関する質問が出されたほか、宗教・信仰への進化論的アプローチとモラロジーとの接点、文明史的および現代的視点から捉えた道徳と信仰の意義など、分野横断的な意見交換が行われました。
 最後に、プロジェクトリーダーの宮下和大(道科研副所長・教授)が、これまで道科研において多くの研究員が本課題(「16人類学的及び文明史的に道徳及び信仰の価値を徹底的に研究すること」)に取り組んできたことに触れ、今回の研究会においても重要な論点や課題が提示されたことを確認しました。今後も引き続き本課題の検討を深化させていくことの重要性が共有され、閉会となりました。

(文責:モラロジー研究推進プロジェクト コーディネーター 竹中 信介)