第5回年次学術大会を開催― モラロジー研究と倫理的課題への新展開 ―
はじめに
道徳科学研究所(道科研)では、令和7年9月1日(月)から3日(水)にかけて、第5回年次学術大会を開催しました。今年度も研究員各自の専門分野から倫理・道徳に関する課題を取り上げ、学術的かつ実践的な議論を深めました。廣池千九郎が後世に残したモラロジー(道徳科学)を基盤としつつ、現代社会の多様な課題に迫る発表が多数あり、多角的な視点から新たな発見を得られた大会となりました。

廣池千九郎研究とモラロジーの深化
今大会では、例年に引き続き廣池の主著『道徳科学の論文』に記された思想の再検討や、道徳と宗教の関係、道徳と経済の関係などについて再評価が行われました。これらの報告を通じて、廣池の思想体系が現代社会においてもなお一貫性と射程の広さを持つことが確認されました。歴史的・思想的研究が深化する一方で、その時代を超えた普遍的意義を問い直す作業も進められました。
現代社会の諸問題へのアプローチ
現代社会における新たな課題に対しても、多様な研究アプローチが示されました。
自然科学分野では、進化論や遺伝の理解を拡張する発表があり、倫理的・道徳的視点との接点が議論されました。社会科学・経済分野では、誠実なビジネスに関する理解の深化、経営理念の浸透に関する構造的分析、さらには現代における「資本主義の倫理化」の問題など、現代的諸課題をめぐる検討が行われました。
他方、人間の「生と死」という実存的問題をめぐっては、医療現場における患者と看護師の対話に関する調査報告がありました。議論では、患者やその家族がどのような死生観を有するのかを考えることが重要で、人生の最終段階をどのように迎えるかが問われている、という知見が共有されました。また、日本社会に根差したウェルビーイングと道徳教育を結びつける試みがなされ、幸福と倫理・道徳の関係が新たな視点から検討されました。
多元的視野からの倫理研究
さらに、宗教的・文化的多様性を踏まえた研究も数多く発表されました。イエス・キリストは聖人なのか、救世主なのか、神なのかを再考する試み、イスラームにおける「間」の倫理の研究、ラフカディオ・ハーンによる日本研究の検討、神道や日本神話に関する新たな理解など、比較文化的かつ国際的な視野に立った発表がありました。これらは、モラロジー研究を一国内の課題にとどめるのではなく、広く世界的な倫理的課題に接続させる意義を示すものとなりました。
おわりに ― 今後の展望 ―
今大会では、モラロジー研究の基盤を深化させることができたと同時に、現代的な倫理的諸課題への新たな応答を模索することができました。今回の研究成果は、令和8年2月開催の「道徳科学研究フォーラム」の場において、さらに発展させて提示する予定です。道科研では、今後も学術的探究と社会的課題の解決の橋渡しについて模索するとともに、倫理的・道徳的で持続可能な社会の構築に向けて探究を進めていく予定です。
(文責:道徳科学研究所 研究会委員長 竹中 信介)
以下、今回行われた「年次学術大会」の日程表です。