令和7年度モラロジー研究会①「廣池千九郎が後世に託した34項目の研究課題の検討 その8-(25)/(34)の課題-」を開催

 令和7年5月14日(水)、「廣池千九郎が後世に託した34項目の研究課題の検討 その8 -(25)/(34)の課題-」をテーマに、モラロジー研究会①を開催しました。対面・オンライン・オンデマンドを含む、全国から所員も入れた60名の参加がありました。今回は、道科研副所長・宮下和大教授、道科研副所長・宗中正教授、道科研・横田理宇主任研究員、道科研・竹中信介研究員が、各自の専門分野の視点から発表し、その後、道科研・アブドゥラシィティ アブドゥラティフ研究員のコーディネートにより質疑・懇談となりました。登壇者の発表要旨(登壇順)は以下のとおりです。

宗 中正(道科研 副所長・教授) 「世界永遠の平和の実現に関する具体的方法の徹底的研究」について ―最高道徳の視点から―
 廣池千九郎が『道徳科学の論文』(1928)で示した研究課題の一つである「世界永遠の平和の実現に関する具体的方法の徹底的研究」について、廣池の意図やねらい、基本的な考え方をまとめ、その後の研究動向を紹介し、今後の課題を提示した。
 廣池は、条約や法律などの制度的手段では永続的で全面的な平和は実現しないとし、人間の正義や主義の対立が平和の妨げになっていることを指摘した。その解決策として、聖人の教説に基づく最高道徳を普及し、慈悲心を育むことでまず個人の精神に平和をもたらし、それを教育によって広める方法が最も確実であると説いた。また、フーゴ―・グロティウスの国際法、カントの平和論、ウィルソンの国際連盟などの取り組みを評価しつつも、それらはまだ不十分であり、聖人の教説に基づく慈悲心に近づける必要があるとした。
 その後の研究として、宗武志(1977)は廣池の平和論の要点を整理し、昭和初期における廣池の具体的な平和実践を記した上で、軍備や条約などの一時的なものに頼るだけでなく、人間そのものが平和に適し、平和を愛するものになることが重要であるとしている。高巌(1986)は、廣池の思想をもとに世界平和に必要な慈悲の内容として8項目を提示した上で、「真に平和的な国際政治経済秩序の樹立」には利己主義を克服し、その動機・目的を「万民の益」に置き、その方法を慈悲の内容に一致させていくことを提案している。欠端實(1988)は、廣池の平和思想の形成過程に触れ、それが日本国体の研究に基づくものであり、その精神が「慈愛」にあることを述べた上で、その精神を普及することが国家を尊重しつつ人類的視野に立って世界平和の実現を目指すことにつながるとしている。
 今後の課題としては、最高道徳の理解・実践・普及の道筋を確立すること、その立場から平和実現の原理と指針を示すとともに、そのために必要な人類的課題解決の方針と道筋を検討すること、現在行われている世界平和実現に向けた活動との協働を進め、「より慈悲に基づき、真に個人を尊重し、人類全体の安心と幸福を増進させるもの」になるようにしていくことを挙げた。また、現在人類的なキーワードとなっているウェルビーイングの研究を「人類の安心・平和・幸福」という視点から進めることが必要であり有効ではないかと述べた。

竹中 信介(道科研・研究員) 『道徳科学の論文』における「帰納・実証」及び「開発・救済」の意味を探る
 廣池千九郎は、従来の精神科学の資料中に「道徳の要素」が欠けていると指摘し、人間社会に安心・平和・幸福を実現する学問上の原理をもって科学的であると評した。廣池の提唱するモラロジー(道徳科学)では、「経験」や「事実」に基づく帰納法(実証法)により、道徳実行の効果を科学的に証明することが目指されている。その基盤には、ソクラテスやイエス・キリスト、釈迦、孔子らの教えに共通する「純粋正統の学問」があり、最高道徳では人間の知・情・意の根本からの「開発」、そして品性完成と世界平和の実現が目指されている。他方、「開発」の極致としての「人心救済」は、「信仰本位」ではなく「道徳本位」のものである点が重要で、自他の精神的な救済が中核にあり、自己の品性完成を目指すものである。この人心救済が終局的に「自己の幸福」につながる、と考えるのがモラロジーの特徴的思想である。この点は、現代のポジティブ心理学や幸福研究が示す「他者への貢献が自身のウェルビーイング(幸福感)を高める」という知見とも響き合うのではないか。

宮下 和大(道科研 副所長・教授) 「最高道徳によるところの人心の開発もしくは救済実行の結果」について
 廣池千九郎が後世に託した34項目にわたる研究課題の末尾の項目は「最高道徳によるところの人心の開発もしくは救済実行の結果に関する帰納的調査」であるが、先に一言でまとめるならば、この研究課題は学問としてのモラロジー(道徳科学)そのものとも言いうるものであり、『道徳科学の論文』は当時におけるその成果と見做しうるものでもある。
 他方で、この研究課題をどのように、どの程度まで進めることが可能かという面では多くの検討すべき事柄が含まれている。
 たとえば、「最高道徳によるところの人心の開発もしくは救済実行」とは、具体的にどのように計測しうるのか、「最高道徳によるところ」であることをどのように確認・確定しうるか、「人心の開発もしくは救済実行」として具体的に何をカウントすることができるか、更に言えば、最高道徳によるところの人心の開発もしくは救済実行の「結果」として何を採りあげて考察するか、それは実行者側にもたらされる「結果」なのか、あるいは被救済者にもたらされる「結果」なのか、また、時間軸でいえばどこに「結果」を見出すのか等等、検討すべき事柄が山積している。
 本報告では、『道徳科学の論文』を対象に、当該研究課題に対して廣池千九郎がどのような方法、内容をもって検討し、どのような意義を見ていたのかを整理して提示するとともに、現状で、当該研究項目を、どのように、どこまで研究可能かについて報告者の見解を述べて議論を進めた。

横田 理宇(道科研・主任研究員) 「帰納的方法論の現在地:経営学研究におけるケース・スタディの視点から」
 本報告では、経営学における定性的研究、特にケース・スタディの進化を帰納法・演繹法の観点から再検討し、モラロジーにおける定性的実証研究の課題を考察した。まず、帰納法と演繹法の違いを示し、Millの一致法・差異法に基づく因果推論の方法を示した。次に、Glaser & Strauss(1967)のGrounded Theoryによる帰納的理論生成とYin(1994)の演繹的ケース・スタディによる仮説検証を比較対照し、それらを統合したEisenhardt(1989a)のメソッドを示した。Eisenhardtメソッドは理論的サンプリング、トライアンギュレーションからの中範囲理論の構築などを通じて、実験の論理により定性研究の厳密性を確保する方法であった。そして、Eisenhardtメソッドのモラロジー研究への応用として、道徳と幸福に関するアノマリーからのリサーチクエスチョンの設定、事例選定、比較検証の重要性を指摘した。定性的研究における操作化の難しさはあるものの、事例選択を適切に行うことで実証研究の可能性がある旨を示した。

 その後、アブドゥラシィティ研究員のコーディネートにより、4名の発表者間で、また参加者からの質問に答える形で、また チャット機能を活用しながら質疑懇談を行い、発表内容の解釈を加え、理解を深め、充実した研究会になりました。
 今回の研究会は、廣池千九郎が後世に託した(25)/(34)の思想的意義と課題を整理しました。特に、戦争や政治における人間性の重視、道徳の実践による幸福の実現、そしてその実証可能性について論じられました。また、論理的構成や哲学的視座、モラロジーの学際的応用の可能性が挙げられ、課題としては「人間性」や「最高道徳」の定義と測定方法、制度的実装、文化的バイアスの克服が指摘された。
 廣池が、どのような意図でこれらの研究課題を後世に託したのか明らかにするため、『論文』の「第三緒言 」の「第2条、将来モラロジー研 究所において引き続き研究を必要とする諸項目の大要」で提示された、34項目の研究課題の本質を考察し、その経緯と現状を探ること、また、発表者が専門分野の視点から再探究することの意味を再確認できたことは、道科研の今後の研究活動のあり方を考える上で、とても重要だと思います。

(文責:モラロジー研究推進プロジェクト コーディネーター アブドゥラシィティ アブドゥラティフ)