令和6年度モラロジー研究会⑤
「廣池千九郎が後世に託した34項目の研究課題の検討 その7
-(33)世界諸聖人の事跡に関する研究③ 孔子と日本皇室-」を開催
令和7年3月5日(土)、「廣池千九郎が後世に託した34項目の研究課題の検討 その7-(33)世界諸聖人の事跡に関する研究③ 孔子と日本皇室-」をテーマに、モラロジー研究会⑤を開催しました。(対面・ハイブリッド・オンデマンドを含む)全国から50名を超える参加のお申し込みがありました。今回は、道科研副所長・宮下和大教授、道科研・橋本富太郎教授が、各自の専門分野の視点から発表し、その後、道科研研究員・アブドゥラシィティ アブドゥラティフのコーディネートにより質疑・懇談となりました。登壇者の発表要旨は以下のとおりです。
宮下 和大(道科研 副所長・教授) 「廣池千九郎の孔子論」
「道徳科学」は、その名の示すとおり「道徳」に主軸を定めたものである。単純化して言うならば、実践を離れやすいが客観的で万人が検証しうる学問的アプローチと、その逆に実践力は高いが信仰的で万人が首肯しえずにいた宗教的アプローチとの両者を昇華した地平に「道徳」という言葉を置いて、実践性と合理性を備えた道徳を追求しようとする試みと捉えることができる。
実はこうした企図は廣池千九郎の儒教観に特徴的に示されたものでもあった。千九郎は「孔子の真髄」は「孔子の神に対する信仰」に存すると繰り返し述べている点がその孔子観の最大の特色である。但し「学問及び教育」というアプローチをもって「信仰よりはむしろ道徳の実行」を重視したため「純道徳的に発達した」のが儒教であるが、後世の儒教では孔子の「真の精神」である「神に対する信仰」が忘失され、結果として宗教が保っているような感化力を欠落させていったと捉えている。
橋本 富太郎 (道科研教授) 「モラロジーにおける皇室」
日本皇室は、『道徳科学の論文』第12章冒頭の「五大道徳系統」の一つに数えられている。ただ、皇室以外の4系統はすべて聖人を「祖」とするのに対して、皇室については、「中心」という語を使用し、他と性質が異なることが見受けられる。また、他の4系統が第12章にすべて収められているのに対して、皇室は第13章に独立させられている。これらのことは、他の系統と異なり道徳の原点が信仰上の神という要素を併せ持つものであり、万世一系という歴史的な存在であることを伴うためであると考えられる。
こうした事情を勘案しつつ改めてこの第13章を検討すると、論旨については、少ないながらも戦後も研究が継承されており優れたものだとしても、その根拠が歴史資料としては古すぎて不確かなものが多く、ましてや戦後は広く共有されているとはいいがたい。今後の研究・教育はその辺りを補っていく必要があり、本発表では一部それを試みた。
その後、アブドゥラシィティ 研究員のコーディネートにより、2名の発表者間で、また参加者からの質問に答える形で、また チャット機能を活用しながら質疑懇談を行い、発表内容の解釈を加え、理解を深め、充実した研究会になりました。
今回の研究会は、廣池が、どのような意図でこれらの研究課題を後世に託したのか明らかにするため、『論文』の「第三緒言 」の「第2条、将来モラロジー研 究所において引き続き研究を必要とする諸項目の大要」で提示された、34項目の研究課題の本質を考察し、その経緯と現状を探ること、また、発表者が専門分野の視点から再探究することの意味を再確認できたことは、道科研の今後の研究活動のあり方を考える上で、とても重要だと感じました。
(文責:モラロジー研究推進プロジェクト コーディネーター アブドゥラシィティ アブドゥラティフ)