モラロジー研究会 開催報告(1/22)

  1. はじめに

     令和7(2025)年1月22日(水)に、「廣池千九郎が後世に託した34項目の研究課題の検討 その6-(33)世界諸聖人の事跡に関する研究② イエス・キリストと釈迦-」をテーマに、モラロジー研究会を開催しました。参加者は、会場とオンラインを併せて、59名でした。
     冒頭でモラロジー研究推進プロジェクトのコーディネーターを務める竹中信介(道科研研究員)が、これまでの経緯を説明し、「34項目の研究課題」に取り組むうえでの軸として、①廣池千九郎の意図を探ること、②廣池以後の学問的変遷を辿ること、③先行研究の収集・整理・評価を行うこと、という3点を挙げました。 
  2. 発表内容

     当日のテーマおよび発表要旨(発表者自身による)は、以下のとおりです。

    (1) 中山 理 道徳科学研究所 客員教授 
    テーマ:廣池千九郎のChristology
    発表要旨:
     「キリスト論」(Christology)に注目するのは、それが三位一体論とともに、キリスト教信仰で最も重要な教理だからである。キリストの「二性一人格論」(「カルケドン信条」)をどう考えればよいのか。
    廣池自身も、『古事類苑』編纂でキリスト教に興味をいだき、お茶の水のニコライ堂などの教会で17~8年間説教をきいていたが、明治37年の大病のとき、真剣に宗教に傾倒し、キリスト教の原典を熟読したという。同年、修善寺のハリストス教会の復活祭で感銘を覚えているが、それがギリシア正教会であったことに注目したい。
     『道徳科学の論』では、引用文中心のキリスト本論(5冊目)と全巻における廣池自身のキリストに関する言説があるが、そこから7つの問題提起をした。①イエスと同時代の一次史料、②引用文に対する文献批評(textual criticism)、③原典としての共観福音書、④引用文献間の意見の相違、⑤パウロのキリスト論、⑥廣池の時代以後のキリスト論、⑦聖人の資格、の問題である。

    (2) 竹内 啓二 道徳科学研究所 客員教授
    テーマ:これまでの聖人研究、ブッダ研究を振り返る
    発表要旨:
     聖人研究、特に、ブッダ研究を中心に、これまでどのような研究がなされてきたのかを振り返った。まず、私の研究を振り返った。その後、谷口茂、水野治太郎、トム・L・ビーチャムなどの研究を振り返って、聖人研究の意義や課題、方法などについてのヒントを探った。その中でも、水野の次のような議論に注目したい。聖人の教えと精神を現代社会のなかで実践していく人々を育成していくこと、そして広くその価値を人々に伝えていくことが廣池の使命でもあった。愛・慈悲・仁に代表される聖人の教えを具体的に社会と人々に向けてどう生かしていくかとなると、1.教えの正しい理解と解釈のために、聖書や教典さらには原典などの理解と解釈が求められ、2.それを特定社会のなかで適切に生かす愛と知恵のために、社会諸科学が必要である。そして、その両者、つまり根源的指針と社会現実の有様を組み合わせるための橋的役割を果たすのが人間学である。現代の人間に焦点を当てて、生き方を総合的に提案する課題が人間学に求められている。
  3. 質疑応答の内容

     会場とオンラインの参加者を交えての質疑応答では、『道徳科学の論文』に出てくる引用文のあとに、廣池自身のコメントや意見が特に書かれていない場合、どのように「廣池の意図」を掴めばよいのかという疑問、イエス・キリストやブッダの事跡や思想における最高道徳の具体的な事例は何かという視点、仏教の慈悲と廣池の慈悲の違いとして、廣池の慈悲には正義や理性が含まれていると考えるが、その視点についてどう考えるかという問いなど、多岐にわたる議論が交わされました。
     プロジェクトリーダーの宮下和大(道科研副所長・教授)からは、廣池が世界諸聖人の事跡に関する研究を後進への課題として残した理由を問う発言があり、発表者と意見交換をするなかでの一つの回答として、『道徳科学の論文』では「大略」にとどまっている諸聖人の事跡研究を、後世の研究において「精緻化」していってほしい、という廣池の願いがあったのではないか、という意見が出されました。本プロジェクトでは、引き続き、この問題を検討していくという確認がなされ、閉会となりました。

(文責:モラロジー研究推進プロジェクト コーディネーター 竹中 信介)