令和6年度オンライン道徳科学研究フォーラム②
「現代社会問題に対するモラロジーのアプローチⅢ」を開催

 令和6年11月16日(土)、「現代社会問題に対するモラロジーのアプローチⅢ」をテーマに、オンライン道徳科学研究フォーラム②を開催しました。全国から100名を超える皆様から参加のお申し込みがありました。今回は、道科研所長・犬飼孝夫教授、財団青年部・廣池慶一部長、生涯学習副本部長・道科研・中山理客員教授が、各自の専門分野の視点から発表し、その後、道科研・楠伸次事務長のコーディネートにより質疑・懇談となりました。登壇者の発表要旨は以下のとおりです。

犬飼 孝夫(道科研 所長・教授) 「ゆるやかな〈つながり〉について考える」
 人と人との「つながり」は、単身世帯の増加、職場に対する価値観の変化、近所づきあいの衰退などにより希薄化している。
 人と人との「つながり」(社会関係資本)は、「強いつながり」と「弱いつながり」の2つに分けられる。「強いつながり」(強い紐帯)は、家族や親しい友人など密接な関係性、「弱いつながり」(弱い紐帯)は、知り合い程度のゆるやかな関係性である。
 「強い紐帯」は、集団の結束力を高めるが、問題を抱えている人が周りの人に助けを求めにくくなる「強い紐帯のジレンマ」をもたらす。一方、「弱い紐帯」には、新たな情報や視点をもたらし他者との新たな関係を築く「強み」があり、自分が抱えている問題について相談しやすくなる「問題解消効果」がある。
 現代社会においては、「強いつながり」と「弱いつながり」をバランス良く組み合わせた「ゆるやかな」つながりが求められている。
 最後に徳島県の旧海部町の事例を紹介し、そのような「ゆるやかな」つながりが住民の精神的な健康に与えるポジティブな影響について論じた。

廣池 慶一(青年部 部長) 「だからメディアは信用できない」
 近年、新聞業界を取り巻く環境は厳しくなっており、特に若い世代では新聞離れが進み、代わりにインターネットやテレビが主な情報源となっている。その一方で、インターネットの情報は信頼性が低いと感じられており、新聞は信頼されているものの、実際には読まれていないという
現象が生じている。
 日本のメディアは「自由と責任」や「正確性」を倫理綱領に掲げているが、実際には、特定の政党や政治的立場に偏っていたり、正確性を欠く報道が多くなされている。その例として、アメリカ大統領選挙をめぐる選挙情勢の読み違いや、スクープ報道での誤報が生じた事例がある。ま
た、SNSやインターネットを通じた情報拡散が急速に進んでおり、フェイク・ニュースが容易に広まることも懸念される。フェイク・ニュースに騙されないためには、情報源の確認、事実と意見の区別、そして一旦立ち止まって確認することが大切である。メディアとの適切な向き合い方としては、情報を鵜呑みにせず、批判的な視点を持ちながらも、信頼できる情報源を見極めることが必要である。
 廣池千九郎は『道徳科学の論文』の中で、新聞・雑誌主義(ジャーナリズム)の問題について触れている。情報社会に生きる私たちは、そこから学ぶべきことがあるだろう。

中山 理 (生涯学習副本部長 道科研客員教授)  「死生学(Thanatology)とモラロジー」
 「死」というものを学問的に研究する「死生学」が生まれたのは、1970年代の西洋の医療臨床現場であった。それは、西洋の近代医療には重大な欠陥があり、疾病治療と延命治療だけでは死に行く人の心のケアができないからである。それを補うべく、医療システムの人間生活への影響力が強化されたが、そのこと自体がイリッチのいう死生の「医療化」や生命倫理という別の問題を生むことになった。
 「死生学」が誕生した背後には、伝統的な死生の儀礼や文化の疎遠化(ジェフリ・ゴーラー)、「禁断の死」の時代における「いのちの尊厳」への感受性の弱体化(フィリップ・アリエス)などの時代的風潮が認められる。事実、海外だけでなく、日本でも従来の宗教的文化が変容し、それとともに死や死後生への関心が高まっている。このような個別の宗教の枠に囚われない精神性や霊性を研究するのが、「スピリチュアリティ」と呼ばれる学問的領域である。
 廣池千九郎も『道徳科学の論文』の追加文〔55〕や『神壇説明書』などで、霊魂不滅について考察し、近代科学の原理だけではなく、諸聖人の教説や一般人の経験についても考察した合理的な説明を展開しようと試みている。現代においては、精神科医のキュブラー・ロスが患者の臨死
体験を臨床的に研究した医学者として注目されるが、現代の日本でも、在宅緩和ケアの臨床現場で「お迎え現象」などのスピリチュアリティの実態調査が行われるようになっている。

 最後に、このようなスピリチュアリティの問題は、廣池も述べているように、純科学的には証明できないかもしれないが、医学も含め、近代科学の限界が感じられる現代においては、スピリチュアリティへのモラロジー的なアプローチが再評価されるべきだろう。

 今回のフォーラムの内容は、ブックレットとして出版する予定です。ご購入希望者は、道科研事務室までお問い合わせ下さい。(文責:オンライン道徳科学研究フォーラム委員会・アブドゥラシィティ アブドゥラティフ)