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 No.101 道徳を身近に捉え実行していくには


2010年1月1日 Category : NEWS  現代の倫理道徳


【問 い】
 私は、小グループの勉強会でモラロジー(道徳科学)を学んでいますが、道徳を身近に捉え実行していくには、どのような学びが大切でしょうか。[2010年1月]

【答 え】 

モラロジーでは、道徳を私たちの生存、発達、安心、平和、幸福を実現する心づかいと行いと捉え、「普通道徳」と「最高道徳」に大別して考察しています。

普通道徳は、一般に考えられている道徳であり、風俗、慣習、礼儀作法や公衆道徳をはじめ、同情、親切、真面目、熱心など指します。普通道徳は人間生活に必要不可欠なものですが、ややもすると形式的な道徳に陥りやすく、相手や第三者のためではなく、「相手に悪く思われたくない」「よい評価を得たい」といった自己中心的な心(利己心)が働く傾向があります。

他方、最高道徳は、心づかい(精神作用)を重視する道徳であり、その実行の動機は相手や第三者への温かい思いやりの心(慈悲心)を本質とする質の高い道徳です。また、他者に対して思いやりの心を発揮することによって、自己の品性が向上し、周りの人々にもよい影響を与え、安心と喜びの多い人生を築いていく原動力となります。

モラロジーはこの普通道徳と最高道徳の内容と実行の効果について比較研究し、普通道徳の形式は尊重しながらもその自己中心的な精神作用の欠陥や限界を改善して、より質の高い道徳である最高道徳の実行を提唱しています。

1.道徳実行への強い意識付けが重要

モラロジーの創建者である廣池千九郎(法学博士、1866~1938)が著した『道徳科学の論文』(新版、以下『論文』)の中で廣池は、『論文』に書いたことはすべて自分が体験し、実行したことであるといっています。モラロジーは単なる知的学問ではなく、最高道徳を日常の中で実行してこそ意味がある“実学”です。したがって、モラロジーでいう道徳の実行とは、モラロジーで学んだ最高道徳の内容を自分なりに咀嚼し、日常生活の中で応用していくことにあります。

そのためには、何よりも道徳実行への強い意識付けが重要です。漫然とした「実行」に対する思いではなく、具体的な目標を立て「実行する」という強い意識が加わることで、より手応えのある道徳実行の効果と結果を得ることができます。そこで、『論文』の一節を手がかりにして、道徳の実行について考えてみたいと思います。

2.普通道徳についての理解を深める

廣池は、普通道徳の特徴を24種類(「正義的道徳」「自尊的道徳」「破邪的道徳」「礼式的道徳及び交際的道徳」「一時的道徳」「感情的道徳」「反動的道徳」「主義的道徳」「妥協的道徳」など)に分けて説明し、それぞれの精神作用が持つ問題点を明らかにしています。私たちが、道徳の実行を身近に捉えるには、この普通道徳についての理解を深めることがその手がかりとなります。

廣池は、例えば「正義的道徳」の項で次のように述べています。「正義的道徳とは、正義の目的を達するために、正義を方法として進み行く道徳をいうのであります。(中略)すべて正義を実現しようという目的は善であれど、その実現の方法に至っては正ならざるものの多いのが社会の状態ですから、正義を実現せんとする者は、常に一歩を相手方に譲りて、犠牲的に進まねば、争いが起こるのは当然であります。しかるに常に正義によりて進まんとする人は、正義の手段を採ることが無上の道徳であると誤解しておるのであります。(中略)正義は常に闘争に伴うものであります。したがって、たといこちらの善悪はいずれにしても、犠牲の観念乏しくして常に正義の手段によるという思想は、人をして不安な生活状態におらしむることになるのであります」(『論文』④197~199P)

この内容を私たちの身近な問題として受け止めると、正義的道徳の持つ精神的な問題点が具体的に浮かび上がってきます。

正義の実現は人間社会において極めて重要な目標です。しかし、正義感の強い人は、つねに正しく行動するという美点を持つ一方、自分だけの正義感を振りかざし、他者の小さな不正や怠惰を許すことができず、人を責めたりしてかえって問題がこじれたり、新たな対立や反目を生み出すことがあります。

廣池が示した普通道徳の内容を学び、学習者自身の置かれた状況や体験に照らし合わせることは、「なぜ私の行っている道徳では不十分なのか。どこにその問題があるのか」といった自らへの問いかけと自己反省につながると同時に、モラロジーの理解と最高道徳の実行への強い意識付けとなります。

3.最高道徳実行の具体的な指針を学ぶ

次に、道徳の実行には具体的な事例を数多く知っていることが望ましいといえます。『論文』には、学術的な内容とともに最高道徳実行の具体的な事例が数多く示されています。具体的な状況でどのような行動をとることが最高道徳の実行になるのかを、まず知識としてしっかりと吸収することです。そして、前述と同様に自分自身のこととして置き換えながら、咀嚼し、応用していくことが重要です。

具体的な最高道徳実行の一例をご紹介しましょう。「臥床中においては、紙を揉み、机上の塵を拭い、もしくは隣室にて低声私語するがごとき極めて低音さえも、その睡眠を妨げ、人間の心の静平を破るからであります。かくのごときは極めて些細事のごとくでありますが、すべて先人の定めたる礼式は、おのずから今日の心理学・生理学その他すべての科学的原理に合致しておるのであります。さればかかる先人の教えを遵守し、更にその精神を最高道徳的に改めたならば、自己の行動はみなことごとく他人に快感を与え、その至誠また天に通じて、おのずから絶大の幸運を開く端緒を得るに至るでありましょう」(『論文』⑦25~26P)

「汽車・電車の窓の開閉等のごとき、同車中に病人その他病弱の者ありや否やを考慮して処置せねばなりませぬ。すべていかなる場合にも、単に自分及び自分と同利害のものの好悪をもって行動することは道徳的でありませぬ」(同39P)

こうした具体的な事例を数多く学ぶことは、道徳実行の大きな原動力となります。しかし、留意すべきことは、単に形式的な面だけにとらわれてしまうと非常に浅い理解になることです。モラロジーは道徳的な心づかいと行いを学ぶ学問ですから、形ではなく事例の根底に流れている相手を思いやる慈悲心を学び、その慈悲心をさまざま状況に応じて発揮していくことが最高道徳の実行となります。

4.精神的な深まりを得るために

さらに、このような具体的な事例を学びつつ、『論文』に込められた文意を深く思考することによって精神的な深まりが生まれます。それはまた、廣池千九郎との精神的な対話となります。「廣池はどうしてこの言葉を用いたのか、自分はこの言葉をどのように受け止め、捉えればよいのか」――こうした問いかけから廣池千九郎との対話が生まれ、学習者自身の最高道徳的な精神がさらに耕されていきます。

そして、その内容を自分自身の現状に重ね合わせ、生き方の指針として捉えていくことは、学習者の精神的な深まりが得られると同時に、モラロジーの学びと最高道徳実行の「質」を変えていくことになるでしょう。

(文責 教材開発室 久野信夫)




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