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 No.100 日本の「格差社会」について


2009年11月1日 Category : NEWS  現代の倫理道徳


【問 い】
 現在の日本は「格差社会」であると言われることがありますが、倫理的な視点から見てどのような点が問題なのでしょうか。[2009年11月]

【答 え】 

1.格差社会とは

現在言われている格差とは、一般的には所得や資産などの経済的要素に関係する格差を指します。また経済的格差に伴って、消費や教育、医療などの面で一人一人の生活に格差が生じてきていることも問題視されています。「一億総中流」と言われたように、かつては日本は比較的格差が小さい社会とされてきましたが、2000年代に入り、非正規雇用の増加などにより所得格差が拡大し、また低所得層からなかなか抜け出せないという格差の固定化が見られるようになってきました。こうした状況を背景にして、「格差社会」という言葉が定着し、平成18年には新語・流行語大賞の上位に選ばれるまでになりました。

何を基準として格差を測定するかについてさまざまな考え方があり、日本における所得格差は国際的に比較した場合、依然としてそれほど顕著なものではないという研究報告もあります。しかし、過去と比べた場合の所得格差の拡大が進行していることはほぼ事実です。特に派遣社員やパート・アルバイトなど非正規雇用労働者の増加に伴って、20~30代の若年層において低所得層が増加していることが問題となっています。こうした格差の拡大の原因としては、金融を中心とした経済のグローバル化の進展、経済の構造改革の影響、非正規雇用の増加など、経済構造の急速な変化が指摘されています。こうした貧困層の増大は、今後、困窮者の増加、治安の悪化、公的負担の増加などのさまざまな影響を生み出すものと予想されています。 

2.格差の是非

こうした経済的格差の拡大に対して、「ある程度の格差が存在することは仕方がないことである」と捉える見方もあります。「経済的な報酬の違いは各人の努力した結果であって、頑張った人が報われることは当然である」との立場からのものです。確かに、私たちが受け取る報酬は、原則としてその人の努力や能力の違いによって生じた成果を反映したものになっています。もしも努力をした者とそうでない者、貢献した者とそうでない者が同じ報酬を受け取るとしたならば、それはかえって不公平な分配となるでしょう。どれだけ働いても、怠けていたものと報酬が違わなければ、努力しようとする意欲や工夫や改善への熱意が失われ、経済全体が非効率となり、社会は沈滞します。社会主義経済の失敗がその典型的な例です。

1980年代以降に世界中に広まった新自由主義は、市場における競争を重視する考え方ですが、成果によって報酬に差をつけることで競争や技術革新を促進し、経済成長を促そうとしました。日本でもいわゆる小泉構造改革に代表される一連の経済構造の改革政策が採られました。その結果、多くの国で市場経済が活性化しましたが、その反面、貧富の差が拡大しました。

新自由主義の立場に立つ人々も、各自が受け取る報酬に関する「結果の平等」については否定的ですが、機会の平等を確保することについては基本的に認めています。スタートが違っていれば、同じ努力をしても結果に違いが出てくるわけですから、各人の努力が正当に評価される社会を作るためには、競争をするための条件をできるかぎり均等なものにすることが必要になってきます。

3.格差の固定化

それでは公正の観点から、現在問題となっている非正規雇用の問題はどう考えたらよいでしょうか。こうした人々に対して、正社員にならなかった、あるいはなれなかったことは、本人の側に何らかの理由があるのだから、失業や不安定な収入といった不利があっても、それは自己責任であると考えるべきであるとの見方もあります。確かに以前は、派遣社員やフリーターには、気楽な勤務体制への希望から自発的にこうした働き方を選ぶ者もいましたが、現在は厳しい経済環境の中で、正社員を希望してもそれがかなわない者がほとんどです。特に1992年から2005年まで続いた「就職氷河期」には、各企業が新卒者の採用を抑制したため、この時期に社会人となった世代では、派遣社員やアルバイトを余儀なくされた者が少なくありません。

特に学卒者の新規採用が中心であり、中途採用の割合が低い日本社会においては、派遣社員やアルバイトから正社員への採用はなかなか簡単なものではありません。正社員の場合には、仕事を通じて継続的に現場で必要な知識や技能を修得していくキャリア形成が可能ですが、短期間で職場を変えていく非正規雇用の場合には、知識や技能の蓄積ができず、いつまでたっても補助的な業務にとどまる場合が少なくありません。このため、いったん非正規雇用に入ってしまうとなかなかそこから抜け出せないのが現状です。

非正規雇用者には、現在における所得の低さというだけでなく、キャリア形成の面でも大きな不利につながっており、生涯にわたって低所得層から抜け出せない可能性が高くなっています。いわゆる格差の固定化という問題が生まれているわけです。将来の生活設計も描けず、業績不振の時期には真っ先に職を失うリスクを負っています。そうした状況では、結婚・子育てもままならず、少子化の一因ともなっています。

このような若年層における貧困は、本人に責任がある場合ももちろんありますが、ある特定の世代に属していることによって不利な状況に置かれていることは、この問題が社会的要因に起因していることを示しており、社会としてその対策に取り組まなければならなくなっています。

4.世代を超えた格差の固定化

さらに現在問題になってきているのが、世代を超えて格差が定着、拡大する傾向が出てきている点です。子どもの教育には以前にもましてお金がかかるようになってきています。公立学校の教育内容に対する不信感が強まる中で、中高一貫教育の私立校への人気は年々高まり、小さな時からの塾通いが増えてきています。一部の有力大学に入るためには、必要な教育費を負担できる親の財力が必要です。同時に親の所得階層や教育水準が、家庭における教育環境に影響を及ぼしている事実も報告されています。生まれ育った環境が子どもの学習意欲や生活習慣を決定し、その結果が学業の成績に影響を与えているというのです。こうした教育格差が子どもの最終学歴に影響を与え、結果として生涯を通じての経済格差を生み出すという構造になっています。かつてのように貧しい家庭に生まれながらも努力を積んで社会的成功を収めるというケースもないわけではありませんが、その可能性は小さくなってきています。人生の早い段階において将来に対して希望を持てない層を生み出し、社会の分断につながることが懸念されています。子どもにどのような教育を与えるかについて親に主たる責任があることは当然ですが、子どもが親を選んで生まれてこられない以上、子どもが十分な教育環境を与えられないことを子ども自身の自己責任にすべて帰すことはできません。家庭環境による差を埋めて、子どもの学習意欲を高め、必要な教育を与えることが必要であり、公教育を中心とした社会的支援がその役割を担うことが求められています。

5.今後の課題

社会の長期的安定を維持していくためには、極端な格差の増大は望ましいものではありません。特に機会の平等をいかに実質的に実現していくかに焦点を当てるべきです。その際、自助・自立・自律の精神を引き出し、個人の意欲や努力を高めることが必要ですが、そのためには個人の自覚や努力を促すとともに、その努力を支えるための公的支援も含めた社会全体での取り組みが不可欠になっています。それは長期的に見た場合には、治安の悪化や社会福祉関連費用の増大など将来予想される社会問題を未然に防ぎ、社会的費用を抑制することにもつながります。

(文責 社会科学研究室 大野正英)




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